届屋ぎんかの怪異譚
「どういうこと……?」
「本来、縊鬼とはその特性のため、その存在をひとに知られることは少ない。
銀花は身をもって知っているじゃろうが、あれは単に人を操って死なせるものではない。
人の心の奥底、ふだんは眠っている不安や不満、黒い感情を呼び起こし、死を選ばせる妖じゃ。
憑かれた人が首をくくっても、妖のせいなどではなく、単純に生きるに絶望したからじゃと誰もが思う」
そう言われてみればその通りだ、と、銀花は心中で納得した。
例えば身内の誰かが首をくくって死んで、その肩に鬼の影が見えたとして、気のせいだと思うのが普通だ。
まして、銀花と朔が見てきた通りであれば、縊鬼は憑いた者が首をくくる瞬間しかその姿を表さない。
縊鬼が肩に現れようと、そもそも目撃者が稀だ。
「さらに、縊鬼は憑いた者の絶望をかきたてるのに、本来はかなりの時間を使う。
じわじわと憑いた者を苦しめる、タチの悪い妖じゃ。
その上、縊鬼は一人を道連れにすれば成仏するのが常じゃ。
これだけ言えば、今の江戸の異様さがわかるであろ?」
萩の言葉に、銀花と朔はそろって苦虫を噛み潰したような顔をした。
二人が思っていたよりも、事態は深刻だった。