届屋ぎんかの怪異譚



「どういうこと……?」


「本来、縊鬼とはその特性のため、その存在をひとに知られることは少ない。

銀花は身をもって知っているじゃろうが、あれは単に人を操って死なせるものではない。

人の心の奥底、ふだんは眠っている不安や不満、黒い感情を呼び起こし、死を選ばせる妖じゃ。

憑かれた人が首をくくっても、妖のせいなどではなく、単純に生きるに絶望したからじゃと誰もが思う」



そう言われてみればその通りだ、と、銀花は心中で納得した。


例えば身内の誰かが首をくくって死んで、その肩に鬼の影が見えたとして、気のせいだと思うのが普通だ。


まして、銀花と朔が見てきた通りであれば、縊鬼は憑いた者が首をくくる瞬間しかその姿を表さない。


縊鬼が肩に現れようと、そもそも目撃者が稀だ。



「さらに、縊鬼は憑いた者の絶望をかきたてるのに、本来はかなりの時間を使う。

じわじわと憑いた者を苦しめる、タチの悪い妖じゃ。

その上、縊鬼は一人を道連れにすれば成仏するのが常じゃ。

これだけ言えば、今の江戸の異様さがわかるであろ?」



萩の言葉に、銀花と朔はそろって苦虫を噛み潰したような顔をした。


二人が思っていたよりも、事態は深刻だった。



< 165 / 304 >

この作品をシェア

pagetop