届屋ぎんかの怪異譚



「なぜですか……」



瞬間、湧いてきたのは頭の芯を焼くような激しい怒り。


絞り出すように問いかけた声が、自分のものか、記憶の持ち主の少年のものなのか、もう銀花にはわからなかった。



「なぜ、白檀様のご友人を苦しめるような真似をするのですか。水月鬼はなにも、人に害するようなことはしていないでしょう」



呻きながら吐き出した声に、秀英は冷笑を返した。



「水月鬼などどうでもよかったのだ。山吹殿をたぶらかすような真似さえしなければ」



底冷えのするような冷たい光を宿した瞳が、山吹と月詠が走っていった闇を見つめる。


その方向から、「鬼の首を取ったぞー!」と叫ぶ野太い男の声が響いた。


はらわたをねじ切られるような吐き気を感じて、少年はぎゅっと目を閉じる。



意識がだんだんと遠ざかる。


矢傷から血を流しすぎたのだと、霞む思考のどこかが他人事のように判断する。


五感が曖昧になっていく中で、瞳から溢れる水だけが矢傷よりもずっと鮮烈に熱を残した。




「……山吹殿は私のものだ」



低い、暗い声が最後に耳に届いて、少年の――銀花の意識は深い闇の底に落ちた。



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