自惚れ男子の取説書【完】

くすっと笑いを溢す樋口さん。だけどもし今日まで目にも当てられない状況だったら…想像するだけでぞっとする。それくらい樋口さんは仕事には厳しい。それくらい、昨日の私は『悲惨』の一言につきた。

身も心もぐちゃぐちゃにかき乱されたあの日。

どうにかマスクで顔の半分を隠すと、私はとぼとぼと病棟へと戻った。潤む目はどうにも出来ず、それでも患者さんは待ってくれない。強張った笑顔を張り付けどうにか仕事をこなしたものの、正直ほとんど記憶がない。


「何なのその顔は!!」

早出の美沙に指摘された翌朝、目は腫れ上がりコンタクトも入れられずメガネで出勤した。顔は浮腫みかろうじで眉毛は描いたけど、マスク無しではとても人前に出られない状況だった。

それでも何の意地か、日勤一番乗りに出勤していたからよかった。美沙の判断で患者さん担当からは外れ、フリーで雑用オンリーへ。その日のメンバーには「辻さんは胃腸炎で体調が悪い」と適当な説明をしてくれた。

帰り際「電話しろ」という美沙の命令も、気も乗らないまま記憶から薄れ…仕事へのプライドだけでどうにか今日も這い出てきたのだ。

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