フォンダンショコラなふたり 


「甘いの、苦手なんでいいです」



差し入れのお菓子が出されるたびに佐倉さんはそう言って断るのに、バレンタインデーには彼の机の上にチョコレートが積まれることになる。

甘いもの苦手宣言をしている佐倉さんに直接渡す強者を除いては、彼が席を外す昼休みを狙って机の上においておくため、 午後の始業時刻には机にチョコレートの山が出現するのだ。

そして、食事から戻った彼から聞こえてくるかすかなため息……

ほどなく、背中越しに甘く低い声が聞こえてくる。



「果梨さん、今年もお願いします」


「了解です」



佐倉さんにチョコレートを渡した彼女たちの誰も知らないことだが、彼がもらったチョコレートは全部私がもらっている。

山積みのチョコレートを前に苦悩している彼へ 「私がもらってもいい?」 と半分本気、半分冗談で声をかけたのが始まりだった。

彼の机の上に、雑誌やテレビでも取り上げられたチョコレート専門店の包みが見えたのだ。

あれはティラミスチョコレート、それも限定品、私も欲しかったのに……

と思った瞬間 「もらってもいい?」 と口が動いた。

言ってから、なんて厚かましいことを口にしたのかと後悔したが、佐倉さんから思いがけない反応があった。



「いいんですか? 迷惑じゃない?」


「迷惑どころか、ティラミスチョコ、大好きですから」


「本当に? じゃぁ、お願いします。助かります」



心から嬉しそうな返事があり、バレンタインデーの翌日、密かにチョコレートが詰め込まれた箱を渡された。

それから三年間、私は佐倉さんがもらうべきチョコレートを食べ続けている。

この恐るべき事実を知る者は彼と私だけ。

チョコレートに添えられたカード類はなく、包装も解かれ中身だけが私へと渡される。

そんなところが彼らしいといえば彼らしい。


いつからだろう、そんな彼が気になるようになったのは。

彼は私よりひとつ年上だが、私より一年あとの入社だから後輩になる。

私のほうが年下だから気を使わないでくださいと言ったことがあるが 「いえ、山田さんは先輩ですから」 と、いかにも体育会系の言い分で私を敬ってくれる。


奇しくも佐倉さんのとなりに山田さんという女性がいて、彼女と私の区別をつけるためにみな名前で呼んでいたが、佐倉さんだけは律儀に私たちを 「山田さん」 と呼び続けた。

もうひとりの山田さんに下心があった……

というのが私の推測だけれど、彼女のたっての願いで 「同じ苗字だから紛らわしいので、私のことは名前で呼んでください」 と佐倉さんに申し出があった。

ところが佐倉さんは、彼女を 「まりなさん」 私を 「果梨さん」 と呼ぶようになった。

まりなさんとしては、自分だけ名前で呼んでほしかったに違いない。

「まりなさん」 は、それから間もなく異動していなくなったが、私はそのまま 「果梨さん」 と佐倉さんに呼ばれている。

彼に名前で呼ばれているのは私だけ。

甘く低い声で呼ばれるたびに、少しずつ好きが増えていったような気がするけれど、今となっては何がきっかけで、彼に好意を持つようになったのかわからない。

佐倉さんが女の子からもらったチョコレートを、私が引き取っているくらいだから、私から佐倉さんへ義理チョコのひとつも渡したことはない。



「……果梨もそう思うでしょう? かりん?」


「ごめん、聞いてなかった」



弥生の 「こんなの、日本だけだよ」 の演説を聞きながら、気持ちは週末のバレンタインデーのことを考えていた。



「だからね、どっちが贈ってもいいと思うのよ。

逆チョコとかじゃなくて、それが普通になればいいでしょう?」


「けど、最近の男の子って、恋愛に積極的じゃないのよね。押されると引いちゃうし」


「はぁ? 日本男子どうなっちゃったの? 男らしく告白すればいいのに」



日本男子の不甲斐なさを嘆く弥生に夜まで付き合って、私たちは次の再会を約束して別れた。

弥生の意見も一理ある、でも、バレンタインデーは女性から告白する絶好の機会だ。

でも、困った……チョコレート嫌いな彼に、どうやって意思表示しよう……

答えがでないまま週末を迎えた。

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