風
少し走ったところで追いついて、手首を掴んだ。
その細さには覚えがある。
肩をつかんでこっちを向かせた。
間違いない。あの女だ。
「どういうことだ、お前」
「さ、佐伯さん…」
その顔がみるみるうちに赤く染まる。
大きくて丸い目が俺を見つめる。
「…来い!」
手を引いて廊下を突き進む。
女は今にも泣き出しそうな顔だ。
だけど、手を振り払う様子はない。
こうなったらもう逃がさない。
自分の頬がゆるむのがわかった。
見つけた。
見つけた。
一瞬見えた女の社員証の名前には、
”風 カオリ”
と書かれていた。
…なんだよそういうことかよくそったれ。
人気のない会議室に連れ込んでドアをバタンと閉めた。
向き合って手を繋いで、見つめ合う。
何から問いただしてやろうか、と思いながら、とりあえずキスしたい、なんて考える自分にほとほと呆れた。
これはもう、午後からの仕事に身が入らないだろう。
だけどそんなことどうでもいい。
とにかく今は目の前の存在を、確かめたい。
目を閉じたそいつに、そっと顔を近付けた。
fin.