ビターバレンタイン





「杏里に何を言われた」



 凄むように言われて、はいそうですかと教えるだろうか?


 ここまで来て、私は杏里からいわれた数々の言葉を隠した。祐輔は知れば杏里に怒るだろうし、そうなったら私はざまあみろ、と思う。

 けれど、私は言わないことにした。

 それは杏里という人が、祐輔の知る可愛らしい杏里、という像を守ることになるかもしれない。同時に、杏里が私に何を言ったのかを想像させるという祐輔への攻撃でもある。
 私は、ひどいだろうか。
 好きな人に、そんな攻撃をするのは。



「舞、ちゃんと話を」
「知らないとでも思った?手を繋いだり、甘えるように抱きつかれたり、さ。全然振り払わないのとか」



 掴まれた目を振り払う。

 もう私は祐輔の顔をみない。祐輔の顔
をみたら、その後ろに勝ち誇った杏里の顔が浮かぶから。腹立つ。

 杏里の顔が浮かんだから、動揺してしまったではないか。
 せっかく、さらりと別れようと思ったのに。これでは何だかぐだぐだだ。

 鞄を持ち直し「だから、最後なの」と私は落ち着けていう。祐輔は突っ立ったままだ。
 

「さよなら」


 この言葉を、恋人同士の別れとして使うのは初めてだった。
 嫌な言葉。
 本当に。



  《ビターバレンタイン》



 甘い雰囲気がそこらにあるというのに、私は苦くてたまらず、涙が出た。









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