蜂蜜漬け紳士の食べ方
『桜井アキさんでよろしいでしょうか』
電話越しだからなのか。
伊達の声は、いつもより一層冷たい響きでアキの耳を刺す。
「……はい、私です」
ほとんと唾を飲み込むのと同時にした返事に、伊達は淡々と会話を重ねてきた。
『何度も連絡したんだけど、繋がらなかったから。
君、会場に忘れ物しただろう』
「えっ」
咄嗟に、彼女は自身の鞄を漁った。
コツンと指に当たったスマートフォンは、チカチカと小さな点滅を繰り返していた。
彼の言うとおり、『連絡』をしていたのだ。何度も。
「……」
けれど、アキの鞄の中でそれ以外の異変は見当たらなかった。
名刺ケースも、財布も、取材時に取っていたメモも、きちんと鞄の中へ納まっている。
忘れ物って、一体なんでしょうか。
そう聞き返す前に、電話越しに伊達はつっけんどんに言葉を突き出してきた。
『今、忘れ物を持って編集部の下に来ているんだけどね』
「えっ!」
『…ああ、ロビーじゃなくて、正面の市道ね。シルバーの車に乗ってるから来てくれる?
ついでに君のアパートまで送っていくから』
彼は言うが早く、アキの返答などお構いなしでそのまま通話は一方的に切れてしまった。