蜂蜜漬け紳士の食べ方

「失礼致します」

しなやかな声。
開かれたドアからスルリと姿を見せる、華奢な体のライン。


以前、伊達の部屋で見た同じハイヒール。
以前、個展で見た艶やかな黒髪。
以前、週刊誌で見たのと同じような背丈。


「オオシマムツミと申します」


『彼女』は、アキの予想を少しも裏切らない背丈格好でやってきた。
パッチリとした目は大分他の人よりも大きく、彼女と顔を合わせた人間の9割は好印象を持つだろう。

オオシマ・ムツミは『好印象の美人』だった。


「キャンバニスト編集者の中野と申します、こちらは同じく編集者の桜井です」

「初めまして、今日はよろしくお願い致します」

しかしそんな心の揺れはあくまで隠し、アキは中野と二人、モデルの彼女へ名刺を手渡す。
オオシマはそれはそれは可愛らしい笑顔で、うやうやしく名刺を二枚手に取った。


「どうぞおかけ下さい」

「失礼致します」


オオシマは綺麗な体のラインを極力崩さず、けれど高飛車に見えない絶妙な歩き方で、用意されたソファへ腰かける。
彼女の動きに合わせ、手入れの行きとどいた黒髪がサラリと揺れる様子は女のアキですらドキリとした。


「インタビューなんて初めてで緊張しますね、ふふ」


鈴を転がしたような笑い声に、中野が緊張を解いた笑いで言った。


「いえいえ、そう肩を張らず。
オオシマさんと私達、歳も近いので世間話をする気持ちでどうぞ気楽にして下さい」

「ええ。ありがとうございます」


中野の段取りのお陰で、インタビューはとても明るい雰囲気のまま始められた。

メイクも、自分の良さを十分に分かった上で丁寧に施されたもので、薄付きのベージュリップはそのふっくらとした唇をより魅力的に見せている。

アキは思わず自分の頬に触れる。
たび重なる徹夜と、伊達との問題で、もともと綺麗とは言い難い肌は一層ガサガサしていた。


「ええとそれでは、今日は一時間という短い時間ですので、さっそくお話を伺いたいのですが」

中野はもちろんアキの乙女心に気づきもせず、淡々と仕事に入る。
手元にはメモ。オオシマ・ムツミの写真は、アキが撮ることになっている。


「オオシマさんはティーン雑誌の読者モデルから芸能界デビューしたとお聞きしました。
今回は、伊達圭介先生から美術モデルのオファーがあったということでしょうか」

オオシマが、ゆっくりと緩やかな笑みを浮かべる。

「はい。もともと私も地方の美大出身ですので、伊達先生の描かれる作品は拝見しておりました。
なのでモデルとしてというより、一人の伊達圭介ファンとして、今回のオファーは本当に光栄でしたね」

「ああ、オオシマさん自身も伊達先生のファンでいらっしゃったんですね」

「それはもう。一時期は引退とか、死亡説まで流れていましたけれども、学生時代に見た絵の感動はずっと心に残っていまして…」

「うちの桜井も伊達先生のファンなんですよ。な、桜井?」

急に振られた話の綱に、アキは身を固くする。
けれど、対するオオシマはパッと表情を明るくさせた。


「そうなんですか!何だかすごく嬉しいです、身近に伊達先生のファンの方がいなくて!」


それはアキがいくら邪心で見ても「同じ仲間がいて嬉しい」という純粋な笑み以外には受け取れなかった。
とても人懐っこい笑顔だ。



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