13inch 路上のルール
渋谷に着いて指定された場所へ車を寄せる.駅の近くのジメジメした飲屋街的なところに なぜか上半身裸のトールはいた.顔には黒い布を押し当ててる.
「原チャの事アキラさんに話した」
ロクヤが言うと 「うん」と頷きながらこっちに歩いてくるトールはどこか憔悴してる.
「見してみ」
アキラが言うと ロクヤは布をゆっくり顔から剥がす.血だらけだった.
「血は止まってるけど・・・こりゃ骨いってんな」
なんでトールがケガしてんの?兄ちゃんにやられたの?骨って骨折の事?考えはぐるぐるするけどこんな時だからやっぱり言葉が出ない.今いっしょにいるのは大好きな友達なのに その友達がひどいケガをしてるのに なんだろうこのアウェイな気分.そしてこんなに血を見たのははじめてだったから しばらく直視できなかった.
アキラが後部座席で横になってろと促すと ロクヤはちょっと待ってての合図をしてビル陰に駆け戻る.そしてすぐに女の子を1人連れてきた.泣き腫らしたように目を真っ赤にして ダボダボのワイシャツを羽織ってる.トールの服だ.
「アキラさん この子も・・・」
ものすごく気まずそうにして目を合わせようとしない女の子.めっちゃ喋るのつらそうなトールが説明してくれる.
「ウチの高校の3年っす.原チャボコしたやつらまとめて 今兄貴に呼び出されて来てるんすけど この子はその取り巻きで 話聞いてキレた事務所の人間に服燃やされちゃって」
じゃぁこの子はトールのヘイター側の子なのか・・・ そんな話の最中 向かいのビルの2階の窓が開いて タトゥーだらけのオシャレな男の人が身を乗り出した.
「おーっ黒岩じゃん!久しぶり! なに?トール乗せてってくれんのー?」
黒岩ってのはアキラの苗字.アキラも大声で返す.
「お疲れっす! トール達預かりますね!」
アキラがほら乗れ乗れって手であおってくると さっきまでウジウジしてた女の子はウチらよりも先にそそくさと乗り込んだ.そか あのタトゥーのお兄さんがケンショーさんか.
「悪りい!黒岩! また今度飲みに行くから!」
トールにこんなケガさせといてアキラと普通に会話が成り立っている.なんだこれは.

トールの兄ちゃん【ケンショーさん】は彫師の仕事をしてるここ渋谷で 警察からの連絡を受けた.自分らが原付の現場へ行った ちょうどその日だったそうだ.原付がひどい事になって捨てられてるって.トールがナンプレ外しても調べればわかるもんなんだね・・・勉強になった.
当然トールは兄ちゃんからの電話を受け説明を迫られる.目星はついてるから自分で始末つけると伝えたのに この日から「原付について身に覚えがあるやつは弁償代包んで渋谷に来い」って伝言が トールの高校に口伝てで広まっていったらしい.
そして今日 犯人の上級生5人まとめて 忽然と高校から姿を消していた.まさかと思ってお兄さんのいるタトゥースタジオに駆けつけると 上級生達はボコボコにされ 3年生の女の子は服を剥ぎ取られてる最中だったそうだ.
「女の子は勘弁してやれよ!」
トールがお兄さんに言うと殴られたんだって.「てめぇが甘いからカスどもがつけ上がるんだろが!」が殴られた理由らしい.喝ってこういう事を言うのかな.燃やされたその服は トールが止血に使ってた黒い布だった.トールは女の子にワイシャツをわたして公衆電話からアキラのケータイに電話した・・・との事だった.

後部座席に自分とトールと 3年生の子で座る.やっと座れた脱力感からか トールはわたしの肩に頭を乗せてきて今日の事を話し 話し終わると目をつぶった.シートに首をあずけようにも車の振動が直接伝わってきてつらいんだと思う.本当は ずっとずっと痛くてつらかったんだ.
かけたい言葉はあったけど もうトールを喋らせたくなかったからグッと黙って 少しでもトールが楽なようにと 体にもグッと力を入れて車の振動に耐えた.そしたら涙だけがボロボロこぼれてきた.なんでトールがこんな目に遭わなきゃなんないの・・・. 目をつぶってたトールにはバレてなかったと思うけど アキラは言った.
「みんな送ったら こいつだけ俺の知り合いの医者んとこ連れてくから.入院とか大事にはならないと思うから安心しろな」
もちろんトール本人やロクヤに向けた言葉だったけど バックミラーごしに自分と目を合わせて言ってくれてるのがわかった.
その言葉を聞いて 3年生の女の子がはじめて口を開いた.
「あの文字を書いたの・・・あたしなの・・・」
ごめんなさい ごめんなさいと泣き出す女の子.お兄さんのスタジオで問い詰められたんだろうな.ロクヤもあの文字にいちばんブチギレてたし 自分だって許せない最低な言葉だと思ってる.なのにロクヤは目をつぶったまま
「もういいから」
って小さく言った.トールの事 すごくかっこいいと思った.

後日 ロクヤと2人で港町のモスにいると 知らない制服の高校生が4人来て言った.
「原付に変なの入れたの お前らか」
・・・あー この人たちが トールに執着してる2・3年生か・・・ すぐに理解した.
「知らねぇよ」
ロクヤは目も合わせずにシラをきる.
「ドロッドロなんだよ エンジンが!」
前歯のないヤツがそう叫びながらロクヤの胸ぐらを掴み上げる.
「メシ食ってんだろが.外で待ってろや」
ロクヤが低い声で言う.すごいな 上級生4人相手に.
「3分待ってやる!」
4人は出て行った.ゴハンに3分は短い.
それにしてもウケるな ドロッドロなんだ.あっそう ガソリンってドロッドロになるんだ笑.思わず2人で笑った.2階窓のカウンター席から見下ろすと 店の外でホントにおとなしく待ってる4人が やっぱりオマエらか!!みたいな顔で睨みつけてくる.さてどうしようかな.

1階の中でも外から見えない席に移動した.階段の真下.2階の窓越しに自分らの姿が見えなくなって数分 階段を駆け上がる複数人の足音が聞こえた.ウチらはさっさとモスを後にする.
出てすぐ角を曲がったところで さっきの内の1人が前に立ちはだかった.左目の周りが青黒い.
「待ってろ!今にあいつらも戻ってくる!」
ニヤッと笑った.気持ち悪い.
「1人だとなんもしてこないの?先輩」
ロクヤはそう言うと突然走り出した.青アザもとっさに後を追う.わたしもその後をとっさに追った.
昼でも薄暗い13番街まで追いかけたところで 路地裏に曲がりこむと青アザが急に立ち止まる.そのむこうには立場逆転 立ちはだかるロクヤがいた.
「1対1だね先輩」
そう言うと持ってたスケボーを投げ捨てる.当初たじろいでた青アザは これならイケると思ったのか 雄叫び上げながらロクヤに殴りかかった.
「うぉぉぉぉぉあぐっ」
急に雄叫びが詰まるように止まって倒れ込む青アザ.体勢を低くした分だけ足を顔の高さまで上げたロクヤがいた.顔面蹴られた青アザは地ベタでうごめいてる.舌でも噛んだかな.めっちゃ痛そう.

少し時間をおいてから モスへ乗ってきたBMXを取りに行った.すぐ取りに行ってあいつらに見つかった場合 BMXを覚えられちゃったら後々面倒だから・・・というロクヤの提案だった.
さっきの「1対1の状況をつくる」や「腕より間合いの取れる足で一撃」とか やっぱ男は考えてるなぁって思った.状況判断ってやつだね.ロクヤがこんな事に慣れてるのかななんてのは考えたくもないけど.だけど感心した.

BMXに2ケツしながらCoyoteを目指した.今日はおとなしく遊ぼうって話し合って.
「トールのお兄さんのあまりの怖さに この一件は終わったと思ったんだけど」
わたしがそう呟くとロクヤは
「んー・・・ 俺は別の高校だから あいつらにとっちゃ俺のやった事は別件なんじゃね? それにもうあいつらトールの原チャは弁償したワケだから 今度は被害者意識だろうし」
「な・・・ なるほど」
「しかもあの前歯なかったやつ あいつの地元たぶん港町だ.隣町と港町の問題は別件って言ってくるぞ」
「えーっ嫌だなぁ・・・ せっかくロクちゃん達も思いっきり遊べる港町なのに」
ウチの中学でもそうだ.男はなぜか学校や町の単位で 領土を主張するかのようにすぐケンカする.なんでだろう.
「俺は逃げるの楽しんでみるつもり.もしエミに手出そうとしたらそん時はフルボッコだけど」
「頼もしい笑.そうだね 逃げて逃げて.さっきみたいにケンカしちゃダメ」
「俺痛いの嫌いだから安心して」
トールの原付の件 笑って話せるようになってよかった.来週にはトールもまた港町に遊び来はじめるし このまま普通の日々がまた戻って続いてく気がする.
「けどなぁ やられたらやり返すの連鎖は面倒くせぇなやっぱ.アキラさんに怒られそう」
「あたしも怒られるね.原付に仕返ししたの同罪だもん」
「しばらく内緒にしとくか」
「わかった笑.内緒ね」
ロクヤと2人だけの秘密が増えた.面倒な事になりつつあるのに ちょっと嬉しいのはなんでだったんだろう.
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