TRIGGER!2
 あの女さえ居なければ、例えあっちで怪しい取り引きがおこなわれていようとも、タイミングを見計らってサッと“ドア”の確認を終えて、今頃は夢も見ないほど思いっきり爆睡してた筈なのに。
 あの女さえ居なければ、帰り道にあんなに気まずい雰囲気にはならなかった。
 あの女さえ居なければ、風間があんなに思い詰めた表情を見せる事もなかった。
 あの女さえ、あんな場所で姿を見せなければ。
 きっと今、冷蔵庫の中身もカラではなかったに違いない。


「・・・あの女、マジでムカつく」


 彩香は舌打ちをして、立ち上がる。
 ガシガシとタオルで髪の毛を拭いて後ろでひとまとめにすると、着替えて何枚かの札をポケットに入れ、部屋を出た。
 彩香の部屋はマンション五階の一番奥にある。
 隣が風間の部屋、その向こうがジョージの部屋だ。
 エレベーターに向かう途中、風間の部屋の前で、少し足を止める。
 ノックしようと思って右手を上げるが、一瞬だけためらって手を下ろす。
 彩香はそのまま、エレベーターに乗った。



☆  ☆  ☆



 マンションの居住区は四階から六階までで、三階はエントランスと管理人の部屋になっている。
 一階と二階は店舗になっているが、今のところ、一階に彩香とジョージ行きつけのオカマバー“AGORA”、二階には占いの館しか営業していない。


「おや、珍しいね。あんたがお日様の下を歩くなんて」


 エントランスを掃除していた手を止めて、心底物珍しそうに言ったのは、このマンションの管理人をしている北沢という婆さんだ。
 変わらずに頭には白い三角巾、オレンジ色のエプロン。
 怒ったような表情も、いつもの事だ。


「うるせぇよババァ」


 言いながらも、彩香は遠巻きに出口に向かう。
 この婆さんが持っているホウキは、立派な武器なのだ。


「誉めてやってんのにその口の聞き方は可愛くないねぇ」
「何処が誉めてんだよ」
「人間はね、お日さまに当たるのが健全ってもんだ。そして日が沈んだら眠るってのが真っ当な生き方なんだよ」
「あいにく真っ当なんて言葉にはトコトンご縁がないもんでね。昼間っから説教してんじゃねぇよ」


 憎まれ口を叩きながらも、彩香は北沢の半径2メートル以内には決して近付かない。
 北沢はホウキを立てて腰に手を当て、これ見よがしにため息をついた。
< 16 / 206 >

この作品をシェア

pagetop