僕と、君と、鉄屑と。
 翌朝、麗子のマンションへ行くと、彼女は素顔で僕を出迎えた。化粧をしていない彼女は、本当に、普通、だった。
「おはようございます」
「おはよう」
麗子は笑顔で、コーヒーを淹れてくれた。
「で、今日から何をするの?」
僕は、英会話やお稽古のカリキュラムを広げた。麗子はそれを見て、アメリカ人とフランス人とつきあっていたことがあって、英語とフランス語は話せるから、やらなくていいか、と言った。もちろん、多分それは、麗子の悪ぶりで、CAだから、当然至極、話せるんだろう。他のお稽古も、CAだった彼女には、無用のものに思われた。しかし、僕はあえて、彼女の過去に触れなかった。彼女の過去を認めてしまうと、結婚の時期が早まってしまう。だから僕は、彼女の過去を、直輝にも、報告していなかった。僕は初めて、直輝に、隠し事をした。
「ビジネス英語ができないと困りますので、レッスンは受けてください」
僕はわざと、彼女のハードルを、高く、遠く、設定した。

 薄々予想はしていたが、カリキュラムをこなす麗子は一生懸命で、真面目で、優秀だった。予定より彼女は早く、『理想の妻』に近づき始め、しかも、彼女は、どんどん……愛らしくなっていく。明るくて、無邪気で、素直で、彼女はどこに行っても、人を惹きつける何かを持っていた。僕にも、彼女は屈託なく、その笑顔を見せた。そして、僕の顔を見るたびに、無邪気に、僕に聞いた。いつになったら、あの人に会えるのか、と。
< 12 / 82 >

この作品をシェア

pagetop