僕と、君と、鉄屑と。
 ドアを開けると、彼はベッドで本を読んでいた。
「何、読んでるの?」
「知り合いに買わされたんだよ」
彼は少し寂しげに笑って、本を閉じて、私をベッドに引き入れた。でも、身を寄せた私を、彼は離して、悲しげな目で見る。
「話がある」
「何?」
「この男は、誰だ?」
なぜか、彼の手には、あのアルバムがあった。
「どうして……こんなものがあるの?」
「村井が持ってきた」
捨てなかったんだ……捨ててって、言ったのに……
「誰か、と聞いている」
「昔の、恋人よ」
「忘れられないのか」
「……死んだの」
「なるほど」
「初めて会った日、出て行くあんたが……彼に見えた。あんたといるとね、彼が、生き返ったように思うの」
彼は少し俯いて、やっぱり悲しげな目をして、私を突き放す。
「妄想や幻覚は自由だが、俺はその男じゃない」
「わかってる」
「麗子、お前は村井に、俺のことが好きになった、と言ったそうだが、それは間違いだ」
「……どうして?」
「お前が好きなのはその死んだ男であって、俺ではない。お前はその男の幻影を、俺にうつしているだけだ」
それは、自分でもわかっている。私はまだ、彼の幻に、囚われている。
「抱かれたいか? その死んだ男とよく似た、生きている俺に」
なぜ、そんな言い方をするの? そんな言い方をされたら、こう言うしか、できないよ。
「……いいえ……」
「そうか。なら、もう寝る。俺は朝が早いんだ」
そう言って、彼は私に背中を向けた。広い背中。まるで、あの人の背中のように、広くて……あったかい……
「こうしてても、いい?」
「勝手にしろ」
私の体は、彼の背中で温められて、そこには、私の涙の跡。会いたい。会いたいの……どうやったら、会えるの? 教えて……ねえ、教えてよ……
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