僕と、君と、鉄屑と。
「どうしたら、いいんだ」
彼の低い声が、背中から響いた。
「わかんないよ……」
一瞬、彼の背中が離れて、気がつくと、私は、彼の胸の中にいた。彼の、心臓の音が聞こえる。生きてるんだ。あんたは、生きてるんだよね……
「麗子、一つだけ、話しておく」
「……何?」
「俺は、お前を愛せない」
「そう……」
「俺には……大切な人間がいる」
心臓に、まるでナイフが突き刺さったように、ズキっと、痛んだ。
「そいつだけは、裏切れない」
「愛してるんだ、その人のこと」
「そうだな。愛してる」
なんだ……やっぱ、そんな人いるんじゃん。そうだよね……
「その人と、一緒になればいいのに」
「なれないんだ」
「どうして?」
彼はもう、答えなかった。答えずに、私を強く抱きしめて、耳元で、すまない、って言った。その声は、とっても辛そうで、悲しそうで、いつもの自信家の彼の声とは思えないくらい、弱々しかったから、私はもう、何も聞けなくなった。

 翌朝、目が覚めると、彼はもう、いなかった。テーブルには、書き置きがあって、几帳面な字で、今夜から夕食は作らなくていい、って、書いてあった。もう、帰ってこない。彼は、この部屋には帰ってこない。また私は、一人になってしまった。そうだよね、だって、契約なんだもんね。何、盛り上がってたんだろう。バカみたい、私。
 
 ……あの人が、帰ってくるはずなんてないのに……
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