僕と、君と、鉄屑と。
 僕にとって、麗子は敵でしかない。本来なら、麗子よりも僕が選ばれたことを、喜ばなければならない。でもなぜか、できない。なぜなら、僕も、直輝を愛しているから。
 誰にも明かせない、知られてはならない、永遠に結ばれない恋に、僕はずっと、苦しんできた。直輝は僕を愛している。でも、それは秘密でなければならない。
 麗子は女であり、法的な妻であり、彼らは愛し合っていなければならない。麗子は直輝を愛している。直輝は麗子を愛していない。
 僕達は正反対だけど、同じ人を愛した、同志。麗子の痛みが、僕の痛みのように、僕の胸を締め付けていた。

「私でよろしければ、いつでもお話を伺いますよ」
これが、その時考えついた、最善の言葉だった。
「ありがとう。優しいんだね」
そのまま、会話は途切れて、パーティ会場へ着いた。
「社長は、ロビーでお待ちです」
「うん……帰りも、迎えに来てくれるの?」
「はい」
それは、直輝とは、一緒には帰らないということ。麗子は寂しげに頷いて、一人、ホテルの中へ消えて行った。

 僕が初めて、恋をしたのは小学校五年の時。相手は、クラスメイトの男の子だった。その頃の僕は、同性を好きになることが、おかしいとか、変だとか、全く知らなかった。だから、僕は素直に彼に気持ちを伝えた。でも、彼は、眉を顰め、僕の手を振り払い、キモい、と言った。その時、僕は、同性に恋をすることは、キモいのだと、学習した。
 しかし、僕は、同性にしか、恋をできなかった。僕が『キモい』人間であることは、すぐに広まり、徐々に僕は、友達もいなくなり、自分の部屋に篭るようになり、パソコンの画面の向こう側にいる彼らとしか、話さなくなった。
 高校一年だったか、僕は、初めてセックスをする。パソコンの向こう側の男と、その夜初めて会った男と、ハンドルネームしか知らない男と、セックスをした。そのセックスは、思い描いていた崇高な行為ではなく、痛みと苦痛しか感じない、ただの、セックスだった。でも、僕は、同じ彼らと離れたくなくて、その後も、ただのセックスをしていた。同じ彼らの中でしか僕の存在はなく、ただのセックスが僕を存在させていた。
 そんな僕が、直輝と出会う。直輝はいつも、図書館で本を読んでいた。哲学書や伝統的な小説、神話、聖書。彼は、クリスチャンで、同性愛者ではなかった。その本を読む姿がとても崇高で、僕は直輝に恋をする。人生で二度目の、告白をする。直輝は優しく微笑んで、君の孤独を埋められるなら、俺は幸せだ、と言った。『同じ彼ら』とは全く違う優しさで、僕を受け入れてくれた。
 そうだ。僕は、麗子なんかよりも、ずっと、ずっと彼を愛している。僕達は、強くて、美しい、崇高な絆で結ばれている。僕達の絆は、麗子のような女には、到底理解できないだろうし、切ることもできない。誰にも、僕達の絆は、切ることはできない。麗子になど、『同情』する必要も、義務も、僕にはないんだ。僕としたことが、あんな女に、金で買っただけの女に。
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