僕と、君と、鉄屑と。
 フロントで彼を見送り、私はサロンで村井さんを待つことにした。約束の時間まで後一時間。何をするでもなく、ぼんやり、サロンに一人座って、コーヒーを飲んだ。
「失礼ですが」
知らない男の人が、私に声をかけた。
「野間社長の、奥様ですよね?」
「ええ、そうです」
「お一人ですか?」
「主人は仕事で、先に失礼させていただきました」
「そうですか。ああ、申し遅れました。私はニュースタイムズの関口と申します」
関口という彼は、名刺を出して、座ってもいいか、と聞いた。私はどうぞ、と言い、彼は、私の前に座って、ウエイターにコーヒーを注文した。
「記者さん、ですか?」
「ライターといったところでしょうか」
どう違うのかはわからないけど、それ以上この話題は面倒なので、私は、そうですか、と言った。
 関口さんは、年は三十くらい。このホテルにはあまり似合わない、紺色のマウンテンコートに、カーキのチノパン。手には大きなカメラを持っていて……自由人な感じがする。
「野間社長とは、古い付き合いでして」
「そうなんですか」
「結婚されるような恋人がいるなんて、全くわからなかったなあ」
関口さんは、ジロジロと私を見て、運ばれて来たコーヒーをずずっと啜った。
「ところで、村井さん、ご存知ですよね」
「ええ」
「村井さんと野間社長の関係、ご存知ですか?」
「大学の先輩後輩だと聞いていますけど」
「それだけ?」
「何が、おっしゃりたいのかしら」
「あなた、いつ社長とお知り合いになったんですか?」
私はもう、答える気がしなくて、失礼、と席を立とうとした。
「いいこと、教えてあげましょうか」
「結構です」
「あなた、金で雇われた、フェイクなんでしょう?」
心臓が、早く、強く打ち始めて、私の手は、ガタガタと震え始めた。
「失礼な方ね」
「その様子だと、ビンゴってとこですね」
「お話しすることはありません」
「……知りたくないですか? なぜ、野間社長が、家に帰ってこないのか」
「主人は多忙なんです」
「どこに泊まっているのか」
「会社で契約したマンションがありますから、そこで……」
関口さんは、私の後ろを見て、舌打ちをした。
「また君か」
後ろに立っていたのは、村井さんだった。
「どうも」
「取材は、私を通してもらわないとね」
「取材じゃありませんよ。奥様がお一人で寂しそうだったから、お茶のお相手をしていただけです。では、奥様、失礼します。コーヒー、ご馳走さまでした」
関口さんは、ニヤニヤと笑いながら、席を立ち、ホテルを出て行った。
「大丈夫ですか?」
「うん」
「何を、聞かれましたか」
「……何も。世間話」
なぜか、本当のことは言えなかった。
「麗子さん、あなたはもう、一般人ではありません。あのような薄汚い人間が近づいてきますから、軽々しく口をきいたりしてはいけません」
「わかった」
「それに、あのような部類の人間は、あなたの心を操って、お金に代わるような情報を集めようとしてきます。惑わされてはダメです。いいですね」
「……うん」
「では、行きましょうか」
村井さんは私のバッグを持って、歩き出して、私達は無言のまま、マンションに着いた。
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