僕と、君と、鉄屑と。
 私達の新居は、古民家をリフォームした、平家建てのお家。これも、村井さんが探してくれていたんだよね。村井さんのおかげで、私たちは、こちらへ来てからも、何一つ、不自由することはなくて、新しい生活を、すんなり、始められた。
「おつかれさまでしたー。疲れたでしょう?」
「なんだか涼しい通り越して、寒いですね。東京はまだ、暑いくらいなんですよ」
「そうでしょう。こっちは冬が長いのよ。そろそろ、冬支度始めないと」
仕事ついでに、って言ってたけど、きっと、村井さん、わざわざ来てくれたんだよね。
「さ、座って。コーヒーでも淹れるわ」
「お手伝いいたします」

 ソファに座った村井さんに、祐輝が一生懸命、おもちゃを運んで、はしゃいで、転んじゃった。あーあ、泣いてる泣いてる。もう、おおげさなんだから。
「ちょ、ちょっと、泣いているよ!」
村井さんが慌てて私を呼びに来た。
「大丈夫よ。ねえ、手が離せないの。抱っこしてあげて」
「え! 僕がかい! も、森江くん、君、どうにかしたまえ!」
「社長、私も手が離せません」
「そ……そんな……」
村井さんは、ぎこちなく祐輝を抱き上げ、オロオロしながら、一生懸命あやしてる。私と紗織ちゃんは、顔を見合わせて笑って、意外と上手ね、と言ってあげたら、ちょっと嬉しそうに、僕にできないことはないんですよ、だって。相変わらず、なんだから。

 もうすっかり祐輝は村井さんになついちゃって、村井さんも膝の上に乗せたりして、なんだか本当のパパみたい。ううん、そうよね。この子は、私と、直輝と、村井さんの子供だもん。本当のパパだよね、村井さんも。
「あ、帰って来たわ」

 インターホンが鳴って、玄関のドアが開いた。
「おかえりなさい。もう、来てるよ、みんな」
「ただいま。西野さんちの畑、手伝ってたんだ。すっかり遅くなったなあ。ああ、これ、もらってきた」
直輝はダンボール箱にぎっしり詰まった、ジャガイモとか人参とかを、玄関に置いた。
「こんなにたくさん! コロッケでも作ろうかしらね」
 都会から来た私達家族を、あたたかく迎えてくれた町の人たちは、いつもこうして、お野菜とか、お肉とかをわけてくれる。直輝は、お年寄りの農作業や力仕事を手伝ったり、私は、子供達に英会話を教えたり、都会へ就職する女の子達に、メイクやマナーを教えたり。東京にいるときより、私達の生活は、結構、忙しい。

「祐輔も……来てる?」
「うん。祐輝ったら、すっかり村井さんになついちゃって」
「そうか」
直輝はホッとしたように笑って、でもちょっと緊張して、リビングのドアを開けた。
「あっ、社長、お邪魔しています」
「やめてくれよ、もう社長じゃないし」
「ああ、そうでした……つい……」
恥ずかしそうに笑う紗織ちゃんを、ちらりと見て、村井さんは、少し俯いて、久しぶりだね、って呟いた。
「ねえ、紗織ちゃん。コロッケ作るの手伝って」
 席を立った紗織ちゃんの代わりに、直輝がソファに座った。
「元気、だったか?」
「まあね」
パパ、と祐輝が言って、両手を上げてる。あれは、だっこ、のおねだりサイン。
「祐輝、ちゃんと祐輔に挨拶したか?」
直輝はいつもみたいに、祐輝を抱き上げて、軽く、キスをする。その光景を、村井さんが、まぶしそうに、見つめていた。
「……僕の意に反して、不幸にはならなかったようだね」
「ああ、残念ながら、この通り……とても、幸せだ」
「そう、それは、残念だ」
 私は、二人の会話をキッチンから聞いている。きっと、いろんな思いが、彼らの間にはあって、私が入る隙間はなくて、隣でジャガイモを洗っている紗織ちゃんも、きっと、同じ気持ちで、二人の会話を聞いている。
「あっ……」
「あ、こら、祐輝!」
振り向くと、祐輝が村井さんのメガネを持っていた。
「ごめんごめん」
「まったく、やっぱり君と麗子の子供だな! 僕がしっかり教育しないといけない!」
 村井さんは、祐輝の手でちょっと汚れたレンズを拭って、叱られるって固まる祐輝に、めっ、て言って、笑い出した。その笑顔は、見たこともないくらい、かわいくて、明るくて、少年ぽくて、きっと、この笑顔が本当の村井さんなんだろうなって、でも、きっと、直輝も、紗織ちゃんも、知ってたんだよね。こんなに素敵な顔で笑う、村井さんのこと。なんだか、ちょっとだけ……ジェラシー、しちゃうかも。
「祐輝、おいで」
そう言って、村井さんは、優しい笑顔で、祐輝を、抱きしめてくれた。村井さんの腕の中で、祐輝が嬉しそうに笑って、またメガネを取って、こらっ、て言う村井さんに、直輝も笑って、私も、紗織ちゃんも、笑った。

 みんな、笑って、そして、私達は、いろんなことを、忘れ始める。つらかったことも、悲しかったことも、きっと、忘れるから、生きていける。きっと、死ぬときは、楽しい思い出だけで、あの、透のように、穏やかな顔で、きっと……私達は、その時のために、生きている。

 そして、コロッケを食べながら、村井さんが、いつものように、突然、淡々と、言った。
「ところで、森江くん」
「はい、社長」
「僕もそろそろ、家族というものが欲しくなったよ」
……えっ? それって……私と直輝は思わず顔を見合わせて、顔がにやけちゃう。
「祐輔、ちゃんと、言ってやれよ」
「これで理解できるだろう」
「女は、めんどうなんだよ」
「そうね、女は、めんどうなのよ」
直輝と私の言葉に、村井さんは、ふうっとため息をついて、目の前で俯いてる紗織ちゃんに、向き直って……
「森江くん、君さえよければ……」
ジャケットの内ポケットから……指輪、ちゃんと用意してんじゃん!

「結婚、していただけませんか」


<完>



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