【短編】七夕奇譚

「1F」



この病院は、三階建てのこぢんまりとした建物で、南北に長いつくりになっている。


結局ついてくる事に決めたらしいサキと共に、北側の階段を昇って一階に来た。


かすかに足跡が確認出来る水のあとは、更に南側階段の方へと続いている。


私たちは夜の長い廊下を再び歩きだした。


しばらくは二人とも黙って歩いていたが、真夜中に無くなった遺体を探す、という何とも気味悪い雰囲気に堪えかねてか、サキがポツポツと話し始めた。


「…………でも、田町さん、可哀想でしたね………。」


「………そうね……。」


「あんなに、七夕に天の川を見るのを楽しみにしてたのに…………。」


ここの看護師なら誰でも知っている話だ。


田町さんは、亡くなった旦那さんに、数十年前の七夕の日にプロポーズされたのだそうだ。


『俺だけの織姫になってくれないだろうか、ってね。

フフフ、今思い出しても、あの時のおじいさんの顔、必死だったわぁ……。』


その話をする時の田町さんの顔が、本当にまだ少女だった頃のように初々しくて、聞いている私たちまでもが幸せな気分になれたものだった。


それなのに、七夕の朝に亡くなるとは………………なんという運命の悪戯なんだろう!


『このお部屋から見える天の川も、とても素敵なんですよ〜〜?

今から楽しみですねぇ。』


そう言葉をかけてあげると、とても嬉しそうに微笑んでくれたのが、ひどく遠い昔のように思えてしまう。


(…………え…………?)


今自分が考えていた事に、何か嫌な違和感を感じてしまった。


…………お部屋から…………見える……………?


(………………まさか)


……いや、違う。


そんな事、あるわけない。


そんな事、あってはならない………絶対に……!


私は、嫌な思考を追い出すかのように、頭を強く振った。


「…………え?センパイ………?」


あぁ、そうだった。


私がしっかりしなきゃ、このコが不安になるんだ。


「……ううん。大丈夫。」


私はサキに少し微笑んで見せ、再び、長い廊下を歩きだした。






`
< 5 / 15 >

この作品をシェア

pagetop