今宵、月が愛でる物語
「………冬汰?」

いつの間にか僕の腕は菫を優しく包むようにその中に収めていた。

「…急に変なの。」

一瞬驚いたように顔をあげた菫はまたすぐに僕の胸に顔をうずめ、しがみつくように背中をキュッと掴んでくる。

鼻を掠めるシャンプーの匂い。

さらりはらりとマフラーから零れる、肩までのボブに整えたばかりの漆黒の艶やかな髪。

胸にうずめた顔を、人懐っこい猫のように摺り寄せてくるその仕草。


………きっと僕は、溺れるようにこの子が愛おしい。


………ヤバい。


こんな風に時々不意に目覚めてしまう獣のような男の本能を、幾度心の奥深くに押し込めてきたか。


ねぇ菫。


君はそんなこと、考えたこともないだろうね。



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