楓の樹の下で
「いやぁお待たせして、すんません。ちょっとバタバタしてもうて…」
そう言って忙しく入ってきた青木の額には汗が滲んでいた。
椅子から立とうとしたが、それを青木が制した。
「いやいや、そのままでいいです。座っといてください。」
座っている俺たちの前に目線をずらすと、近くに座ってる女性にお茶をと、指示した。
「えぇぇっと、おっこれやこれ。写真見てもらいますか?」
机の上をガサゴソと探ったあと、数枚の写真持って俺たちの前に腰を下ろした。
目の前のテーブルに写真が置かれる。
写真に手を伸ばすと同時に先程の女性がお茶を持ってきた。会釈をしながら、写真を取る。
青木の言ってた通りだいぶ印象の違う男の子が写真の中にいた。
どの写真も家の中の写真で全て無表情のあの子が写っていた。
ただ一枚を除いて。
その写真はだだっ広い場所で一本の樹の下で男の子と母親が写っている。母親が腰を下ろし男の子の肩を抱き寄せた仲睦まじい写真だった。男の子は今よりも少し幼く小柄な母親の腕の中にすっぽりと収まっている。
被写体は他の写真より小さく写っているが、それでも男の子が笑っているのがわかった。
病室で俺たちに見せてくれた笑顔と同じものだった。
「どうです?なんか気付いたたことあります?」
「いえ、やっぱりわからないです。でも、あの…この写真の場所って…」
先程の写真を差し出す。
「あぁこれね。我々もちょっと引っかかったもんやから調べとるんですが、なんせ、よ〜ある景色やからまだ、特定してないんです。」
「そうですか。」
「あっそやそや、さっきわかった事なんですが、写真の中にあの子が産まれてまもないと思われる写真がありまして、その裏に年月日が書いてあって、そこから逆算するとあの子は、鏑木さんがあの子を見つけたあの日に9歳になったと…。」
「9歳!!あんな小さい体で?」
「ネグレクト…」
朱里が呟く。
「そう、それ。ね、ねぐ…」
「ネグレクト。」
今度は俺が答える。
「ネグレクト。そうそう。どうも、横文字に苦手でして…」
頭を掻きながら、続ける。
「先生の言うには9歳やと30㎏ぐらいで、あの子は19㎏で5歳から6歳ぐらいの体重しかなかったらしんです。少なくても二年はネグレクトっちゅう虐待をされてたと。」
それだけじゃなく、あのアザや傷は身体的虐待もあったんだと思った。
「こういった事件は少々苦手ですわ。どこにも行き場のない感情が生まれますから。」
「そうですね。じゃあの子は児童養護施設に?」
「そうなるでしょうな。」
「そうですか。」
青木と俺らは無言になってしまった。
沈黙を破ったのは朱里だった。
「あの子には今回の母親の事とか言ったんですか?」
「えぇ先生と話して明日伝える事になってます。」
「名前は?このままわからないままじゃ…。」
「おいおいあの子を交えて役所の人間が決めるんだと思いますよ。」
朱里は知っていることを聞いていた。
その後何も協力できないまま二人は警察署を出た。

「なぁ朱里、さっきだけどさぁ、なんで聞いてたの?」
帰り道、電車だと二駅の距離を俺らは歩いて帰った。
「あぁ名前のこと?理由なんてないよ。ただ単純に私が決めれたらいいなって思ったの。」
「決めるって…そんな。」
「うん、責任あることだからね。でもね、病室であの子に触れた時から、純粋さみたいなの感じてて、純っていい名前なんだけどなぁって勝手に思ってたの。」
勝手にって朱里らしい物の言い方だと思った。
「そっかぁ。」
朱里の頭をくしゃくしゃっと撫でる。
「あぁもう、ぐちゃぐちゃになちゃうじゃん!」
ほっぺを膨らまし怒る朱里を見て笑う。朱里もつられて笑う。
「朱里?」
「んっ?」
「あの子幸せになるといいのにな。」
「うん、なるよ。絶対なる。じゃないと神様いる意味ないもん!」
そうだなと、手を出すと、その手を朱里が掴み家へと歩みを進めた。
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