オレンジロード~商店街恋愛録~
神尾は、手早く作ったモーニングのプレートと、淹れたてのブラックのホットコーヒーを浩太の前に置いた。

浩太は律儀にも「いただきます」と手を合わせ、がつがつと食事を始めた。


やっぱり悪い子だとは思えない。


サンドイッチを咀嚼する浩太を見ながら、獰猛な、でもちゃんと躾をされたドーベルマンみたいだなと、神尾は思う。

そんな神尾の視線に気付いたのか、浩太はふと食事の手を止め、



「なぁ、マスター」


と、神尾に声を掛けてきた。



「あんたずっと独身だっけ?」

「はい」

「カノジョは?」

「残念ながら」

「ふうん。寂しいやつだな」


余計なお世話だ。

と、思ったが、神尾はそれをどうにか喉元で止めた。


そして、努めて冷静に笑顔を作り、



「どうしていきなりそんなことを?」

「別に」

「あ、好きな人でもできましたか?」

「できたとしても、あんたには相談しねぇよ。まったく役に立ちそうにねぇし」


なんて失礼な。

と、思ったが、それはあながち間違ってはいないため、また言葉を喉元で止めておく。


安穏で幸せな毎日ではあるが、神尾にそういう方面の充実はない。


確かに銀行員時代には、長く付き合い、結婚を約束した女性がいたことは確かだが、神尾が仕事を辞めてこの店を継ぐと決めた時、別れを切り出された。

それ以来、不慣れな喫茶店のマスターという仕事をこなすことでいっぱいいっぱいで、気付けば恋愛というものともすっかりご無沙汰したっきり。
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