オレンジロード~商店街恋愛録~
別に、若い頃のように、恋人がほしい、恋愛がしたい、と、強く思うようなことはない。

そういうものだけがすべてではないし、他にも楽しいことなどいくらでもあるため、恋人などいないならいないでいいし、それはそれで楽なのだ。


神尾は35歳という年齢にも拘わらず、急かすような親もいないため、結婚というものにも焦るようなこともない。


確かに、ふと寂しくなる時もある。

しかし、それすらもう飼い慣らしてしまったため、特に気にするほどではないのだ。



「じゃあ、役に立つような方がいれば、聞いてみたいことがある、と?」


好奇心で少し追求してみたが、浩太がそれに取り合うことはなかった。

悪い子ではないが、取っ付きにくい。


神尾が困りあぐねていたら、



「ごちそうさん」


と、相変わらず律儀に手を合わせ、浩太は金を置いて席を立った。



「明日の朝も来られますか?」


めげずに聞いてみたら、浩太は「気が向いたらな」とだけ返した。


浩太の出て行く背を見送りながら、神尾はカウンターテーブルの上を片付ける。

理想としては、奥さんと一緒に店をやれたら最高なのだろうが、現実的には、十分、ひとりで切り盛りできている。



神尾は自分の分のコーヒーを作り、それをすすりながら、ジャズの音色に耳を傾けた。



平和で、平坦だなと思う。

特にこれといった問題が起こることもなく、つつがなく過ごせる毎日。


亡き父には感謝しかない。


そんな神尾も、最近、後ろ姿が亡き父に似てきたと言われるようになった。

それはそれで嬉しいと思う。



父の背を追い、父のような美味しいコーヒーを作れるようになることが、今の神尾の夢であり目標でもあるのだから。

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