恋するキオク
ひんやりとした暗い廊下は、ナースセンターの明かりだけを強調させた。
夜間通用口から乗るエレベーター。
扉の開閉にさえ、気持ちが動揺する。
やがて目当ての扉の前に立つと、中から聞こえる会話が鼓膜を微妙に振るわせて
オレはほんの少しだけ、その扉に光のラインを作った。
「省吾…」
たとえそれが、自分の名を呼ぶものじゃなかったとしても
ずっと近くで聞いてきた声は、どうしようもないほどに心音を早める。
そこにいる…
そこにいるんだよな、野崎。
ゆっくりと視線を上げれば、野崎のはかなげな表情が見えて。
でもその先に見えるのは、オレではなく省吾の姿。
野崎の見つめるものが省吾であることも、省吾の手が野崎に触れることも、本当はなにひとつおかしいことなんてなかった。
ただそれを、オレの気持ちが受け入れられないだけで。
「……っそ」
扉を閉めて戻る廊下は、さっきよりもずいぶん暗く感じた。
耳に入っていた微かな音も、もう何も感じられない。
もしこのまま記憶が戻らないとしたら、野崎にとっては省吾といることの方が何の問題もなく過ごせるだろう。
思い出すことで再び悩ませるなら、もうオレは…
そう考えながらも、どこからか気持ちを揺らす感情は押し寄せた。
もう一度感じたい温もりも、すぐそばで聞きたい笑い声も。
悲しませた涙にさえ、触れられることを望んでた。
どんな話を聞かせれば思い出すだろう、何を見せれば…
オレが姿を見せるだけでも、何か変わるんだろうか。
そんな小さな願いも、今はとても大きすぎるものに思えた。