恋するキオク
「秋は芸術の季節だからなぁ。あちこちの会場で演奏会があるから、簡単に用意できるものでもないぞ」
「…あいつら」
圭吾へ
20日、PM6:00〜
アクトHOUSE
ライブとか公演が詰まってて30分しか貸してもらえなかった。
でもオレらにできることはこれくらいだから。無駄にすんなよ、絶対それまでに弾けるようになれ!そしてあの子に、聞かせるんだろ。
忘れてても、伝わるものはあると思うから。みんなで応援してる。
善矢
「ずいぶん顔を見ないと思ったら、とっておきのステージを探してくれてたってことかな。…いい友達がいてうらやましいよ」
会場を借りるには、お金だってかかるはずだ。
しかもそこは、有名どころも使うような広い会場で。
オレなんかの音じゃ……
「圭吾くんはさ、音楽家になることが夢だったっけ」
「え…違うけど」
「じゃあ別に海外に行く必要はなくなったな。で、相手に気持ちを伝えるために必要なのは、軽やかに弾きこなす技術だったっけ」
「いや……」
「それなら今の状態にこだわることもない。それじゃ…、圭吾くんが欲しいのはこれからの未来か記憶の中にある過去か。どっちだ?」
「…………」
オレが黙ると、沢さんは続けた。
「もう迷うことなんてないだろう。今さら誰かを気遣う必要もない。一度は全部終わったんだ。捨てるものもなくなっただろ?」
「終わった…?」
沢さんの右手には、分厚いあの本。
『恋の記憶』か…
「さっき陽奈ちゃんがこれを返しに来てくれてさ、すごくいい顔をしてたんだ。なにかスッキリしたような、吹っ切れたような」
「それ…野崎に貸してたのか」
「あぁ、陽奈ちゃん言ってたよ。この物語の二人は終わったままなんだと思ってたって。ずっとさよならの悲しい結末なんだと思ってたって。でも、そうじゃなかったってさ」