恋するキオク



春乃を駅で見送ってから、私は坂道を降りた。

曲がり角に沿って小さく建ってるこの音楽専門店は、そんなにお客さんの出入りが激しいような店ではなくて。

なじみの人だけが立ち寄るような、そんな雰囲気の漂う静かなお店。



「いらっしゃい……あ、たしか〜、省吾くんの彼女だよね」


「こ、こんにちわっ」



覚えられてた…
ここのオーナーの沢さん。


なにか意味があるわけでもないのに、そんなことにさえ嬉しくなる。

省吾がよく知ってるお店が、私の知ってるお店でもあるみたいな。

ちょっと、特別な感じ。



「ゆっくりして行ってね」



私は沢さんに軽く頭を下げてから、楽譜の置いてある奥のコーナーに入っていった。

レコード盤から最近のCD、DVDまで幅広く揃ってる。



「えっと~……」



そして省吾の欲しがっていた曲のタイトルを探しながら、腰を屈めるように棚を覗き込んだ時だった。



あ、またピアノ……



二階のフロアからは、今日もピアノの音が微かに聞こえてきていた。

でも今日はこの前みたいにスラスラ流れるような曲じゃなくて、何度も止まったり弾きなおしたり。

別の人が弾いてるのかな。



「あ、あった!」



省吾の探していた楽譜は、聞いてた通りにちゃんと入荷していた。

私がそれを持ってレジ前に向かうと、沢さんはニコニコと手を差し出して言う。



「なるほど、省吾くんが探してたやつか。代わりに買いに来たの?」


「はい…まぁ」



まだ内緒ですけど。




会計をしている間も、止まったり繰り返したりのピアノは聞こえ続けてる。

気になって何度も視線を上に向けてると、沢さんは私の顔を覗き込みながら聞いて来た。



「キミも好きなの?圭吾くんのピアノ」



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