domino
66
 明日はいよいよレースだった。僕は準備をするためにレース場に来ていた。隣には彼女がいた。
 「いよいよ明日だね。」
 レース用に改造されたフェラーリを眺めながらそう呟いた。赤いボディに白いラインが鮮やかだった。そして、そのボディに雲の流れていくのが映っていた。レースと言う危険な行為とはまるで別世界の光景に思えた。
 「そうだね。大河内君ががんばって準備してくれたんだから優勝しちゃおうかな。」
 無邪気な顔ですごい事を飄々と話した。その言葉がいかにも彼女らしかった。いつもはおっとりしているのに、いざとなるとかなり負けん気の強いところ、でも、本当は少し無理をしているところ、僕には全部わかっていた。その気持ちを少しでも楽にしてあげようとして僕は彼女の手を握った。
 「僕は友里が無事にレースを終えてくれればそれでいいよ。」
 彼女は驚いていた。
 「今、友里って言ったよね。」
 そんな風に指摘されると恥ずかしかった。彼女の目を見る事が出来ずに車に目をやりながら答えた。
 「そうだよ。もっと、君を近くに感じたいと思ったんだ。僕たちって付き合ってからそんなに経っていないけど、何か色々な事があっただろ。だからかな、もう何年も付き合っている気分なんだ。それなのに“友里さん”なんて言う、よそよそしいのは嫌だって思ったんだ。」
 彼女は本当にうれしそうな顔をした。
 「じゃ、私もこれから彰って呼ぶね。」
 レースと言う特殊な環境が僕たちを近づけていった気がした。

 彼女の言葉を聞いた瞬間、僕の意識は別の意識に支配された。僕が彼女に話してあげたかった事、してあげたかった事、それらを別の意識がし始めだした。
< 238 / 272 >

この作品をシェア

pagetop