domino
 彼女の車にチェッカーフラッグが振られた。それと同時に僕の鼓動はゆっくり打ち始めた。
 そして、それを確認すると僕の体はスッと立ち上がった。きっと、彼女の所に行くのだろうと言う事は容易に想像できた。
でも、僕の体は僕じゃなかった。
せめて、お祝いの言葉だけは自分の言葉で彼女に伝えたいと思っていたけれど、その願いは叶わないものだと思っていた。
 目の前には、レースが終わり疲れ切っている彼女がいた。彼女を見つめている僕に気が付き、彼女は走ってきた。
 「疲れているのにそんなに走ったら駄目だよ。」
 そう優しい顔をさせられて彼女の肩を軽く抱き寄せた。彼女は無邪気な笑顔をしながら僕じゃない僕に話しかけてきた。
 「だって、彰がうれしい事言ってくれたから。今、レースは終わったけど、今からはもう一つのスタートをする訳だし・・・。」
 息を少し切らせて彼女は話した。そんな彼女を愛おしいと思った瞬間に、僕の手が、目が、口が少しずつ自分のものになっていくのがわかった。彼女へおめでとうの一言だけは、自分の言葉で話したい、その願いが通じた。

 「そうだね。でも、その前に一言だけいいかな。優勝おめでとう。」
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