ピアノを弾く黒猫
『弾かないの…ピアノ』
『…もう、弾かないよ』
今日の音色は散々だった。
俺にピアノを教えてくれた先生も、溜息をついて俺と目線を合わせようとしなかった。
天才少年と謳われていた俺は、どこにもいない。
『あたし、あなたのピアノ聞きたい』
『……もう弾かない。
あんな音、僕はもう聞きたくない』
『じゃあ、あたしが弾く!』
『え?』
優子さんは俺の横に来て、俺から楽譜を奪い取った。
『いらないんでしょ?
ならあたしが貰っても文句は言えないよね』
『……好きにすれば良い。
僕はもう、ピアノは弾かない』
『じゃ、もらうね!
あたしいつしか、天才少女になるの!
天才ピアノ少女・並木優子ってね!!』
優子さんは会場まで乗ってきたバスに乗り込み、暫くして行ってしまった。
俺は溜息をついた。
天才ピアノ少女・並木優子か…。
誰よりも輝いた瞳で俺を見ていた彼女なら、いつしかそう呼ばれるのではないのだろうか?
なら俺は、その日を待つか……。
何故かそう思えた俺は、今日まで並木優子の名を探し求め、ようやく見つけたのだ。