ピアノを弾く黒猫
並木優子さん。
6年前の12月―――俺がピアノを辞める前。
最後の公演の日だった。
俺はピアノを弾く意味がわからなくなっていた。
あの人―――父親の残した“アレ”のことを知ってから。
母親も、頼れる親戚もいない俺が弟妹たちを養うために始めたピアノ。
最初は純粋に楽しかった。
誰しも笑顔に出来ると思っていたから。
だけど、俺はピアノを辞めた。
嫌々弾くピアノは良い音なんて出ない。
12月の公演を最後に、ピアノの天才少年という俺に貼られた値札を取ろうと思っていた。
そこで俺は、優子さんに会った。
彼女は人一倍キラキラした瞳を向けていた。
公演が終わり、俺はピアノの楽譜を捨てようと、ごみ箱へ向かっていた。
『何しているの?』
そこで俺は、優子さんに声をかけられたんだ。
2歳年上の優子さんに。
『それ、捨てちゃうの?』
可愛らしく首を傾げる優子さん。
俺は楽譜をクシャッと丸めた。