悪い男〜嘘つきより愛を込めて〜
「社長秘書の君も仕事とはいえ、零君の

同伴をしないといけないとは大変だな」


いくら薬指に大きなダイヤの指輪をして

いても、やはり、私じゃ彼の恋人には見

えないのだ。


「いえ、会長…彼女は私の婚約者として

本日は一緒に参りました」


聞き耳を立てていた周りがざわつく。


「ほっほー、婚約者か。どんな経緯で婚

約したのか知りたいものだ」


会長の横にいる若い女性が私を睨んでい

る。そんなに睨まなくても…婚約者だな

んて言われて私だって驚いている。


だけど、私の今日の役目は、彼女のよう

な女性に彼を諦めさせること。


だから…笑みを浮かべ驚きを隠すのに精

一杯だった。


「半年程前、あるパーティーで父と一緒

に来ていた彼女に僕が一目惚れしてしま

いまして、お恥ずかしながら猛アタック

して父の元に戻ると約束した日に彼女に

プロポーズしたんです」


彼は私に熱い眼差しを向けるので、思わ

ず演技だということを忘れ頬を赤らめ彼

を見つめ返すと彼は照れたように演じ会

長に視線を移した。


「そんな出会いだったとは、皆が知らな

いのは仕方ないな。君たちを見ていると

この老いぼれも照れてしまうぞ。うちの

孫は、君に会うのを楽しみに来たが、無

駄足だったようだ」


残念そうに笑みを浮かべ、横にいる女性

を見る会長。


「いいえ…おじいさま。こうしてお会い

してわかりました。私は、必ず零様に嫁

ぎます。時間が経てば、彼女より私の方

がいいと思えるはずです。会社の将来を

考えたらどちらが得か零様もお分かりに

なると思いますから…諦めません」


私の存在など無視だと言わんばかりに、

彼に詰め寄る。美貌と若さ、祖父の権力

を持ち合わせた彼女は、自分に自信があ

るのか彼の腕に絡みつき、上目遣いで見

つめていた。


彼は、ふっ〜と息を吐き、自分の腕から

彼女の手を外すと満面の笑みを浮かべ言

葉を発した。


「申し訳ございません。お気持ちは嬉し

いのですが、損得抜きで彼女を愛してい

ます。あなたに気持ちが揺らぐことはあ

りません」


女性は、プライドを傷つけられたのか、

顔を真っ赤にしてどこかへ消えてしまっ

た。


私の手をとり会長に視線を向ける。


「すまない…孫が失礼なことを言ってし

まい、気を悪くしないでほしい」
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