ホルガリズム
「あっ、そういえばまだ君の名前を聞いてなかったね。」


少し慌てたように話を切り替えて、彼女は僕を見る。


「平田さんが自分の名前だけ言って颯爽と帰っていっちゃうから。」


あえて澄まし顔で答えると彼女は、


「忙しかったんだよ。翌日会社に出さないといけない書類が見つからなくてさ。」


と、見つからない書類の事までもまるで僕のせいとでも言うように、小さく唇を尖らせてみせた。僕もマネして、尖らせて答える。


「佐伯春流。季節の春に流れると書いて、ハル。」


お互い無言で唇を尖らせたまま、にらめっこする。


彼女が2度目のまばたきをすると同時に、その尖った唇は形を崩した。


「ふはっ、その顔。」


笑い出したのは彼女の方だからにらめっこに勝ったのは僕の方なのに、なんだか負けたような気がした。
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