君をひたすら傷つけて
 触れるだけでは足りなくてお互いが解けてしまいたいと思うほど何度も唇を重ねた。ベッドの横に立っていた私の手をグッと引き寄せ、高取くんは私の身体を抱き寄せた。細く見えても高取くんは男の人で私の身体とは全く違う。骨ばった腕に抱き寄せられながら、高取くんは苦しげに囁いた。


「僕は雅を傷つけたくなかった。幸せになって欲しかった。誰よりも幸せになって欲しかった」

「今、私は幸せよ。こんなに幸せだと感じたのは初めて」


 先に何があるか分からない。でも、この一瞬、温もりを抱き寄せた。少し震える身体を愛しいと思い、その震えを少しでも私が緩めてあげたいと思う。


「馬鹿だよ。本当に」


 そういって抱き寄せながら高取くんは涙を流す。初めから終わりが見えている恋の始まりだった。


 心のどこかに恐れを感じながらの恋。
 でも、私は幸せだった。

「さ、数学しようか」

「うん」

 私はいつものようにテーブルに数学のテキストを乗せると、分からなかった問題を高取くんに見せた。シャーペンを持った高取くんはサラサラとノートに書いていく。

「藤堂さん。これで分かるかな?計算は面倒だけど、一つ一つ解いていけばそんなに難しくないから」


 好きだと愛しているといって唇を重ねた後も私と高取くんの関係見た目には大きく変ることはなかった。

「名前で呼んで」

「………雅。僕だけは恥ずかしい。雅も僕の名前を呼んで」

「……義哉…くん」

「くんはいらないから」

「義哉」

 たったこれだけかもしれないけど、心の中での持ちようは劇的に変わった。愛されているということが私の心を温めた。
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