君をひたすら傷つけて
 リズさんは勿論日本人ではない。でも、なんでこんなに懐かしいと思わせる料理を作るのだろうか。和食というのとは違うけど、お母さんが作ってくれたような優しい洋食がリズさんの料理だった。実際はものすごく美味しいけどどこか懐かしい。

「美味しいです。ほんとに」

「雅がそんなに喜ぶならまた作らないと」

「楽しみにしてます」

 リズさんは私の言葉に満足そうに微笑みながらも自分の作った料理を口にする。そして、一瞬、口の端を上げた。

 日本からフランスへの留学に葛藤がなかったとは言わない。でも、このダイニングで繰り広げられる言葉は全てが日本語で、日本人のまりえさんはともかくリズさんの日本語の発音の良さに驚く。目を瞑れば日本の店で食事をしていると感じるくらい。留学しているのだから、フランス語に触れないといけないと思うけど、初めて来た場所での日本語は疎外感を覚えさせなかった。

 まりえさんもリズさんも頻りに私に日本の話を強請ってくる。でも、それは私にとってはありがたいことだった。これから一緒に暮らしていくのに、私だけ余所者では寂しい。まりえさんとリズさんの仲の良さを見れば見るほど、一緒に過ごして行けるかと不安にも思った。でも、杞憂だった。

 美味しい食事も楽しい会話も微笑みも私を歓迎してくれていた。

 どのくらい時間が過ぎたろう。
 テーブルの上の料理は無くなってしまい、広く大きな真っ白な皿にはソースのみが残っているだけだった。
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