君をひたすら傷つけて
 その後お兄さんから届いたメールには店の名前だけでなくカフェの場所の住所も地図まで送ってきた。指定されたカフェは高取くんが入院している病院からも遠かった。

 塾に行く前の時間に病院から離れた場所でお兄さんに会うなら高取くんに会う時間が減ってしまう。病室に行って高取くんに会う時間が少なくなってしまう。これを依存というのかもしれないが、私は毎日高取くんの顔を見ないといけなくなっていた。

 たった一問の数学の問題を携えて向かう私はもう引き返せないところまで来ている。

 約束の時間に私がカフェに行くと一番奥の席に座っているお兄さんを見つけた。スーツのまま、テーブルの前に置いたパソコンを叩いている。その真剣さから仕事をしているのは明らかだったし、私の時間を最優先しているのだから仕事の合間にきてくれたのだろう。

 テーブルの傍に来た私に気付いたお兄さんは視線を私に向けるとすぐにパソコンを閉じた。そして、少し笑う。その微笑みが一層不安にさせるなんて思いもしないだろう。


「忙しい時にすみません。塾の時間は大丈夫ですか?」

「いえ。大丈夫です」

「コーヒーかジュースかどうですか?」

「ではジュースを」


 静かなカフェだった。人は居ないわけではないのに、私とお兄さんしかいないくらいに静かで…パソコンも閉じられた今、時間が止まったようだった。ここに来たことで自分でもある程度覚悟はしている。でも、私は覚悟が足りなかったと知ったのは話をし始めてすぐのこと。


 現実は余りにも残酷だった。
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