あなたと恋の始め方①
 形のいい手が私の前に出されて、ついその手を見つめてしまった。男の人なのに繊細で綺麗な手をしていると思う。東京の時も思ったけど、やっぱりいつ見ても綺麗で男の人には勿体ないくらいだった。見惚れてしまいそうな綺麗な手だけど、それに見惚れるわけはいかない。


「俺が払うからいい」


「でも、もう一課でもないし」


 本社営業一課に配属になった当初は高見主任と一緒に客先を同行することが多かった。その度に美味しい食事をご馳走になっていた。でも、あの頃は、直属の部下だったけど今は違う。甘えていいのかわからない。


「それは関係ないよ。一緒に食事に行こうと誘ったのは俺の方だし、それに女の子に払わせるのは性に合わない。これは俺が無理やり付き合わせただけだから気にする必要はない」


 そういうと、高見主任は自分の財布からカードを取り出すとそのまま会計を終わらせてしまった。


「美味しかったです。本当にありがとうございます。ご馳走様でした」


「ああ。本当に美味かったな」



 高見主任の気持ちに私は素直にお礼を言うことにした。


 さりげない優しさは前と全然変わらない。仕事の時のあの鬼ぶりが嘘のように仕事を離れると優しいのが高見主任だ。だから部下からも慕われる。本社営業一課の主任ともなれば、驕った部分があってもおかしくないのに、そんな一面は見えない。私はそんな高見主任を尊敬していた。


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