あなたと恋の始め方①
 中垣先輩のコーヒーを用意しながら先輩の方に視線を送ると、眉間に皺を寄せ、こめかみに拳を当てている。グリグリと手を動かしながらもより一層眉間の皺が深くなる。中垣先輩と私は同じ研究を別方向からしている感じで、私が研究が頓挫しているように先輩もいい結果が出てないのだと思う。


 コーヒーの入ったマグカップを先輩の机の上にある『マグカップ定位置』に置くと、先輩はスッと手を伸ばしたのだった。淹れたてではないので少し煮詰まったコーヒーは独特の苦みを舌に残す。でも、中垣先輩はそれでいいというのを私は知っている。


 中垣先輩のコーヒーはブラックで、コーヒーの香りと楽しむとか味を楽しむとかいうよりは眠気覚ましに飲むという感じ。先輩の様子からして、昨日も研究所に泊まったようだった。


 中垣先輩の方の研究は山場に差し掛かっている。でも、上手くいかないからか機嫌はすこぶる悪い。悪いと言っても表面上はさほど分からない。極端に自分の感情を出す人ではないから、分かり辛いけど、これだけ一緒に時間を過ごしていたら、それなりに先輩のことは分かる。

 
 これでも研究員の端くれ。観察には慣れている。


 もちろん私も一緒に研究しているのだから山場ではあるけど、先輩の補助の部分も多いので先輩みたいに研究所で寝泊りというのはない。


「もう少しですが、どうして上手くいかないのですかね」


「ああ。でも、その少しが越えられない」

< 2 / 403 >

この作品をシェア

pagetop