あなたと恋の始め方①
 いつものシンプルな普段着に身体を包んだ小林さんがそこにいた。スーツ姿も好きだと思うけど、私はこの自然体の小林さんが好き。仕事が終わって自分のマンションに戻って車を取ってから態々迎えに来てくれたのだと思うと嬉しいと同時に申し訳なくも思う。


 朝に時間が合えばとは言っていたけど、私は研究に入ると周りが見えなくなってしまい、もしも、小林さんからの連絡が無かったら、今もまだ研究室にいるかもしれない。


「中垣さん。坂上さん。仕事お疲れ様でした。中垣さんも送りましょうか?」


 小林さんの爽やかな声が私の耳に届く。ふわっと身体が包まれるような優しい声に私は身体の奥が温かくなっていく。


「ああ。お疲れ様。送って貰うのは遠慮する。じゃ。これで」


「遅くまでお疲れ様です。」


 その言葉に立ち止まると、中垣先輩は表情を変えずに小林さんに視線を投げる。そして、私の方をサラッと見てからフッと笑った。


「じゃあ、お先に。」


 それだけ言うと、振り向きもせずに駅の方に向かって歩き出したのだった。中垣先輩の影は真夜中の中にゆっくりと輪郭を消していき、駅の方に曲がると姿が全く見えなくなっていた。その後ろ姿を見ながら、小林さんはフッと息を吐き、そして小さく呟いた。


「相変わらずの存在感だね。中垣さんにも高見主任や折戸さんと同様の空気を感じる」


 凛とした高見主任と華やかな折戸さんと、堅物というのを地で行くような中垣先輩が一緒とは思わないけど、仕事に関する真摯さは変わらないかもしれないと思った。

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