あなたと恋の始め方①
 これは条件反射としか言いようがない。高等技術を自分の中で会得したというよりは小林さんの微笑みと甘い声に誘われるように口を開いたに過ぎない。そんな思考停止な私の口の中に滑り込んできたのは甘いケーキ。口に入れられたケーキは確かに甘いけど、あまりにも緊張しすぎて味が曖昧だった。甘さ以外に感じるのは口に入っているということだけで、風味も鼻に香るのもない。


「どう?美味しい?」


 口に入れられたケーキは美味しいような気がする。そう…気がする。緊張して味があんまり分からない。でもそんなことは言えないからコクンと頷くと小林さんの方を見つめた。


「…美味しいです」


 そんな私を見て、小林さんはクスクス笑った。そして、もう一口分フォークで掬うとニッコリと笑う。


「もう一口。緊張したら味が分からないよ。」


 緊張しているをわかっているなら、その手に持っているフォークを私にくれればいいのにと思うのに、小林さんはニッコリと微笑みながら、顔を傾けるだけ。


「落ちちゃうよ」


 私が口を開けるとまた上手にケーキを滑り込ませる。今度はきちんと味がする。甘いだけでなく美味しさを感じていた。鼻に抜ける甘い香りを放つクリームとしっとりとしたスポンジの部分が相まって堪らなく美味しく感じた。


「美味しいです。とっても」


 小林さんはニッコリ笑ってまた自分の口にケーキを入れるとまたニッコリと微笑んだ。


「美羽ちゃんが嬉しいと俺も嬉しい」
< 257 / 403 >

この作品をシェア

pagetop