あなたと恋の始め方①
 小林さんは私を抱きしめていた腕の力を緩めると、私の手を引きテレビの前にあるソファにゆっくりと座らせた。そして、自分も私の横に座るとテーブルの上に置いてある革張りのカバーに包まれたメニュー表のようなものを開いたのだった。


「何にしようか?残念。美羽ちゃんのご希望のカレー店は入ってないよ」


 小林さんはニッコリと笑うと、私の方を無邪気に見つめた。そして、ふわっと私の大好きな笑顔を向ける。小林さんの後ろには大きな窓越しに素敵な夜景が広がっていて、その綺麗な夜景にも劣らない小林さんの魅力が目の前にある。


「ゆっくり行こう」


 その言葉には小林さんの気持ちが込められている。焦らずに二人でゆっくり。これが私に向けられた小林さんの答え。食べに行く店を探すことじゃないことくらいは私でも分かった。私と小林さんのこの先についてのこと。抱くこと抱かれることが全てじゃなくて、それも二人で時間を重ねて行った先にあるということ。


「この時間だから和食とかはどうですか?」


「悪くないね」



 小林さんは革張りのメニュー表を閉じるとそれをテーブルの上に置いて立ち上がった。そして、当たり前のように私の方に手を差し出したのだった。


「美羽ちゃん。早く行かないと、俺がエネルギー不足で倒れるよ。倒れたら美羽ちゃんが大変だよ。俺って結構筋肉質だからね」


 確かに身体の大きな小林さんが倒れたら私は抱き上げることは難しいだろう。そうなった時はその場に小林さんを……。置いていくしかないのでは?


「そこに置いていくのは?」

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