あなたと恋の始め方①
 背中にドアの冷たさを感じたのは一瞬で、すぐに小林さんの熱い腕に包まれた。逃がさないかというように私を抱き締める腕の力の強さにドキドキしてしまう。そっと視線を上げると私を見つめる瞳は優しいだけでない強さを孕んでいた。

 
 抱き締められたまま、小林さんの唇がゆっくりと私の唇に重なった。いきなりのキスに心臓が壊れるくらいに音を立てながら、幸せな気持ちが溢れてきた。素直に思ったのがこの腕の中で溶けてしまいたいと思う気持ちだった。何度も繰り返されるキスに私は酔っていき、キスをするたびに何も考えられなくなる。私の思考の全ては小林さんに奪われてしまっている。私は小林さんでいっぱいだった。


「美羽ちゃん」


 少し離した唇の隙間から、小林さんの吐息に混じった声が私の耳に届く。


「美羽ちゃん」


「はい」


 私を蕩かす甘い声が耳元を侵す。好きだという気持ちが溢れてきて、もうどうなってもいいと思った。愛が溢れすぎているというのも私は分かっている。私はこのまま小林さんに溺れてしまいたかった。もっと深く小林さんを知りたいと思っていた。


 でも、小林さんの口から零れた言葉は私の想像とは違っていた。



「先にお風呂に入ってきて。その後に俺が入る。今日は結構歩いたから、ゆっくりしてきたほうがいいよ」



 小林さんの声が甘く切なげに聞こえたのは一瞬で、すぐにいつもの小林さんに戻ってしまっていた。

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