甘やかな螺旋のゆりかご


――声、だけだ。


声だけだが、その声の主は、間違いなく僕のよく知る身近な人のもので。口調こそ気楽で新鮮なものの、心地よいトーンや息継ぎの間、ら行を少し苦手とする様子に確信を持つ。


僕が、世界で一番、安らげる声。


彼女の会社は自宅からわりと近いところで、この駅とはあまり縁がないと思う。ならば、飲み会がこのあたりだったのだろう。あまりお酒に強くないのだから、ならば断ればいいのに。お人好しだ。僕に帰りのボディーガードを頼む算段だったならいいが、生憎頼まれた覚えもないし、彼女はそういうことで僕を頼らない。


ああ、薬なんて大丈夫だろうか。もしアルコールを摂取していたとしたら、それとの兼ね合いが体内でおかしくなっていないだろうか。賢い彼女なら、心配などないかもしれないが。


後ろ向きで心配性な僕は、勝手に不安になってしまう。けれども、彼女の友達が安堵しながら蕁麻疹が引いてきたことを会話にしてくれたものだから、僕もつられて一息つく。


……完璧な盗み聞きの遂行に、我ながら変態じみていると落胆するも、その行動はきっと、遅れている同僚がやって来るまで続けてしまうのだろう。


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