甘やかな螺旋のゆりかご


「……ど……して?」


「さあ。なぜでしょう。――いいわ、兄さん喋らなくて。苦しいくせに」


浅い呼吸の合間合間に紡ごうとする僕を制すると、妹はそのまま僕をベッドに寝かせる手助けをしてくれる。スプリングを弾ませながら背中を楽にすると、シーツからは洗剤の匂いが香ってきた。鼻腔を擽られながら妹に手を握られていると、さっきまでの苦しみは何処へやら、瞼の筋肉が緩んでくるのを切に感じる。


「落ち込んじゃった?」


何を? と視線で訊ねる。


「妹からチョコを貰えないとかって。――大丈夫よ。兄さんのはね、秘密だけどもう別で用意してあるんですって。焼いたケーキは学校の友達分だけだから、残念だけど明日もわたしので我慢しておいてね」


残念なことあるものか。上手く笑えたか不明だが、どうやら伝わったみたいだった。妹はまた、壮絶だとしかいいようのない笑みを浮かべて、安堵のような息を吐いた。


「明日も早いんでしょう? ――ほら、もう休んで」


妹がネクタイを解いてくれて、その作業の終わった空いた手が額に触れる。その感触はシルクよりも気持ちがいいと思う。華奢で柔らかな手のひらが次第に移動し、やがて瞼を閉じさせようとしてくる。


「おやすみなさい、兄さん」


最後の抵抗とばかりに開いた瞼で見つめた妹の顔は、蜘蛛糸の先の神様のようで、マリア様のようで、慈愛に満ちた全ての象徴のようで。


僕はなんだか、泣きたくなってしまった。






この手を、妹を、失くしたくないな。


早く僕なんか見限ってしまえよ。






有り得ない想像を勝手にしてしまう僕は最低だ。


手放したくないのは、もしかしたらあってはいけない感情を抱いている? 僕が。


考えるな。そんなはずはない。どうしようもないことだ。


妹がどんな心持ちで、僕がどんなにしろ、やはり僕は最低なのだろう。


苦しくなることから目を背けてやり過ごす。


妹を、自分からは決して手放しはしないまま。ずっと。


早く僕から解放されてくれ。


ずっとこのままで、死ぬまでずっと。




手のひらから伝わる温もりを味わいながら、僕は眠りにおちていく。











< 53 / 60 >

この作品をシェア

pagetop