甘やかな螺旋のゆりかご
「……ど……して?」
「さあ。なぜでしょう。――いいわ、兄さん喋らなくて。苦しいくせに」
浅い呼吸の合間合間に紡ごうとする僕を制すると、妹はそのまま僕をベッドに寝かせる手助けをしてくれる。スプリングを弾ませながら背中を楽にすると、シーツからは洗剤の匂いが香ってきた。鼻腔を擽られながら妹に手を握られていると、さっきまでの苦しみは何処へやら、瞼の筋肉が緩んでくるのを切に感じる。
「落ち込んじゃった?」
何を? と視線で訊ねる。
「妹からチョコを貰えないとかって。――大丈夫よ。兄さんのはね、秘密だけどもう別で用意してあるんですって。焼いたケーキは学校の友達分だけだから、残念だけど明日もわたしので我慢しておいてね」
残念なことあるものか。上手く笑えたか不明だが、どうやら伝わったみたいだった。妹はまた、壮絶だとしかいいようのない笑みを浮かべて、安堵のような息を吐いた。
「明日も早いんでしょう? ――ほら、もう休んで」
妹がネクタイを解いてくれて、その作業の終わった空いた手が額に触れる。その感触はシルクよりも気持ちがいいと思う。華奢で柔らかな手のひらが次第に移動し、やがて瞼を閉じさせようとしてくる。
「おやすみなさい、兄さん」
最後の抵抗とばかりに開いた瞼で見つめた妹の顔は、蜘蛛糸の先の神様のようで、マリア様のようで、慈愛に満ちた全ての象徴のようで。
僕はなんだか、泣きたくなってしまった。
この手を、妹を、失くしたくないな。
早く僕なんか見限ってしまえよ。
有り得ない想像を勝手にしてしまう僕は最低だ。
手放したくないのは、もしかしたらあってはいけない感情を抱いている? 僕が。
考えるな。そんなはずはない。どうしようもないことだ。
妹がどんな心持ちで、僕がどんなにしろ、やはり僕は最低なのだろう。
苦しくなることから目を背けてやり過ごす。
妹を、自分からは決して手放しはしないまま。ずっと。
早く僕から解放されてくれ。
ずっとこのままで、死ぬまでずっと。
手のひらから伝わる温もりを味わいながら、僕は眠りにおちていく。
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