甘やかな螺旋のゆりかご


「あいつ、警察辞めて事務所開いて離婚してっていう俺の人生を笑う性格だぞ。テンプレ~って」


「あっ、そういえばアニメ設定で笑える~。そのとーりっ」


そして、辺りを見回して眼鏡で蝶ネクタイの小学生はいないのかと更に笑われ、キテレツな発明家の知り合いはいないのかと訊ねてきたな、あいつめ。


「兄貴が心配して職場訪問に来るような家の大切なお嬢さんだぞ。俺殺されるし、ただの貴重な事務員だ。薄給でも雇われてくれるな」


「バカっ!! そこで信頼勝ち取っておかなきゃ。どうせ出来なかったんだろうし」


「お嬢さんはな、好きなやつがいるぞ」


「付き合ってないんでしょ?」


「な、いだろうな……」


「パパはその人知ってるの?」


「ああ」


「どんな人?」


「パパの若い頃に似てる」


「げっ、彩音ちゃん趣味悪っ」


「酷いっ」


「けど、だったらチャンス。パパチャンス!!」


「ないよ、んなもん――もし、だな、あるとすれば、俺が老衰でくたばる間際、しわしわの手で縋って頼み込めば、限りなくゼロに近い確率で、僅かな遺産と引き換えにお情けで婚姻届に判を押してくれるかもだけどな」


お嬢さんが、初めてここに来た日を思い出した。そして、今娘と座ってるソファに押し倒されたことや、一晩中泣いているのを放っておけなかったことも。


彼女はきっと、愛しているのは生涯変わらずひとりだけ。いまだ廃れないその気持ちは、ずっとそのままなんだろうと、見ていて感じてしまう。


昔より強くなった彼女は、それでもきっと、あんなふうに泣いてしまう瞬間が、まだあるのだろう。


家でも泣けない彼女には、他にもあるかもしれないが、もうひとつくらい逃げ場所があってもいいだろう。どうやらここでは、それなりに我慢することなく自分を出せているようだしな。俺なら平気だし、情けないとこならもう見ている。


仕方がないから、乗りかかった舟だから、その役目くらいは担ってやろう。どうせ生涯独り身の生活だ。


けど、それだけだ。娘の妄想事など、


「そんなことには、一生ならないさ」


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