元教え子は現上司
「なっにあれ~!」
ユナが怒ったようにも興奮したようにも取れる声を上げた。深見はチラリと正面の男に視線をやる。碧が立ち上がったときの、この男の顔。
なんか怪しいんだよなぁ、さっきから。ひぃちゃんもチラチラ遠野君のこと見てるし。
自分より年下の上司を、深見は嫌いじゃかった。むしろ好感さえ抱いていた。部署が違うやつには、おまえ年下に負けてんなよとからかわれたりもするけど、深見のキャラクターのせいだろうか、あまり深刻な雰囲気にならずに済んでいる。
半年に一回行われる昇進試験。その試験に入社したての一年目から挑んだ遠野は、野心家が少なくないベンチャー企業の中でも異色の存在だった。もちろん最初のテストは撃沈して、先輩や同僚から笑いを誘っていた。焦るな焦るな。誰かが言って聞かせていた。
それでも遠野は諦めずチャレンジし、この三月に晴れて試験を突破、チームリーダーとなった。
なんか放っとけないんだよなぁ。
枝豆を頬張りながら遠野をじっと見る。
こいつを見てると、昔実家で飼ってたハムスターを思い出す。カゴに設置された丸い車輪の中を延々走り続けていたハムスター。そんなに走っても、一歩も前に進まないのに。まるでそうしないと生きていけないとでもいうような切羽詰ったものを感じる。
「びっくりしたぁ」
ふいに隣の席からそんな声が聞こえて、深見はチラと視線を向けた。彼らは苦笑しながら、ひそひそと言い合った。
「あれ、引っ越したって聞かなかった」
誰かが言う声に周りが頷き合う。
「そりゃそうだよね」
またべつの誰かが言う。
「あんなことあったらさぁ」
笑いを含んだ声。深見はニコッと笑って集団を振り返った。
「えっと、君たちひぃちゃんの前の職場のひと?」
集団は一瞬話をやめ、顔を見合わせた。さっき碧に話しかけていた女性がわずかに身を乗り出す。
「あの、久松さんて今なにやってるんですか?」
ちょっとやめなよ、と隣の女性が言う。けどそれは形ばかりで声は笑いを含んでいた。
なんだぁ?
おもわず保ってる笑顔が消えかかると、
「なーんかカンジ悪っ」
黙って料理を平らげていたユナが口を開いた。え? と集団がユナを見る。
「いい歳してぇ、なんかダサくなーい? コソコソ話とかっ」
ボウル一杯あったはずのサラダを取り分けることもせず直に頬張りながら、ユナはにこりと笑った。トングでサラダを食べていても、そういう顔をすると社内一番の美女という称号はまちがってないと思う。
「だからぁ、そんなにブスなんだ?」
ピキッという音が走った気がした。真っ赤になった女性が、
「ちょっとなに……っ」
ダンッ。
ふいに音がして、皆の視線がそこに注がれる。深見もじっと正面を見上げた。
立ち上がった遠野が、テーブルに視線を落としたまま呟いた。
「俺、先帰ります」
ユナが怒ったようにも興奮したようにも取れる声を上げた。深見はチラリと正面の男に視線をやる。碧が立ち上がったときの、この男の顔。
なんか怪しいんだよなぁ、さっきから。ひぃちゃんもチラチラ遠野君のこと見てるし。
自分より年下の上司を、深見は嫌いじゃかった。むしろ好感さえ抱いていた。部署が違うやつには、おまえ年下に負けてんなよとからかわれたりもするけど、深見のキャラクターのせいだろうか、あまり深刻な雰囲気にならずに済んでいる。
半年に一回行われる昇進試験。その試験に入社したての一年目から挑んだ遠野は、野心家が少なくないベンチャー企業の中でも異色の存在だった。もちろん最初のテストは撃沈して、先輩や同僚から笑いを誘っていた。焦るな焦るな。誰かが言って聞かせていた。
それでも遠野は諦めずチャレンジし、この三月に晴れて試験を突破、チームリーダーとなった。
なんか放っとけないんだよなぁ。
枝豆を頬張りながら遠野をじっと見る。
こいつを見てると、昔実家で飼ってたハムスターを思い出す。カゴに設置された丸い車輪の中を延々走り続けていたハムスター。そんなに走っても、一歩も前に進まないのに。まるでそうしないと生きていけないとでもいうような切羽詰ったものを感じる。
「びっくりしたぁ」
ふいに隣の席からそんな声が聞こえて、深見はチラと視線を向けた。彼らは苦笑しながら、ひそひそと言い合った。
「あれ、引っ越したって聞かなかった」
誰かが言う声に周りが頷き合う。
「そりゃそうだよね」
またべつの誰かが言う。
「あんなことあったらさぁ」
笑いを含んだ声。深見はニコッと笑って集団を振り返った。
「えっと、君たちひぃちゃんの前の職場のひと?」
集団は一瞬話をやめ、顔を見合わせた。さっき碧に話しかけていた女性がわずかに身を乗り出す。
「あの、久松さんて今なにやってるんですか?」
ちょっとやめなよ、と隣の女性が言う。けどそれは形ばかりで声は笑いを含んでいた。
なんだぁ?
おもわず保ってる笑顔が消えかかると、
「なーんかカンジ悪っ」
黙って料理を平らげていたユナが口を開いた。え? と集団がユナを見る。
「いい歳してぇ、なんかダサくなーい? コソコソ話とかっ」
ボウル一杯あったはずのサラダを取り分けることもせず直に頬張りながら、ユナはにこりと笑った。トングでサラダを食べていても、そういう顔をすると社内一番の美女という称号はまちがってないと思う。
「だからぁ、そんなにブスなんだ?」
ピキッという音が走った気がした。真っ赤になった女性が、
「ちょっとなに……っ」
ダンッ。
ふいに音がして、皆の視線がそこに注がれる。深見もじっと正面を見上げた。
立ち上がった遠野が、テーブルに視線を落としたまま呟いた。
「俺、先帰ります」