元教え子は現上司
「行ったね」
 深見はふー、と息を吐いて席に座る。ユナは深見のデスクを見て、

「あ、ユナのパンツ丸見え~」

 大きな声でそう言った。周りを歩いている男性社員たちが振り返る。後ろのデスクからガンッと音がして、誰かの携帯が落ちた。

 ユナはニコニコ笑いながら、碧のデスクに向かって倒れているセーラー服の美少女フィギュアを立たせた。
「はい、元通り」
 深見は苦笑しつつ、
「ユナちゃん、この子の名前ユナじゃないって何度も」
「だってこれ、『美少女』フィギュアでしょ? だったらユナだよぉ」
 ユナは無邪気に笑って言う。深見は力が脱けるのを感じつつ、そうだね、と相槌を打った。
「でもよかったよね。遠野君もひぃちゃんも、元に戻って」
 深見はパソコンで凝った首をゆっくりと回しながら思い返した。

 暁に続いて碧も辞表を出したと聞いたのは、すべてが終わってからのことだった。二人の間になにが起こったのかはわからない。

 お騒がせしてすみませんでした。

 碧と並んで頭を下げた暁は、顔を上げると妙にすがすがしい顔をして笑っていた。大きな取引を取り損ねたくせに、滲み出る嬉しさを隠そうともせず隣の恋人を見つめている。
 そんな顔を見ると、あぁこいつもまだまだだよなぁ、と思えて、しょーがないからね、僕がサポートしてやらないとね、とひとりごちる深見もやっぱりなんだか嬉しかったのだ。

「ユナは別に、あの二人辞めてもよかったけどなぁ」
 フィギュアの腕を設定されてないほうにグイグイと捻じ曲げながら、ユナが呟く。
「えっ」
 驚いて振り返ると、ユナはニコッと笑って言った。
「そしたら、フカミンと二人きりになれたのに」

 なにも言えず目を丸くする深見に、フィギュアを投げ捨てたユナはグイと近づく。
「フカミン、目の前に超優良物件がいるのに、どうして手ぇ出してこないの? ラブバトル現役生なんでしょ?」

 黒目がちの大きな目が自分をひたと見上げる。ラブバトルってなんだ、あぁそういえば前にそんなこと言ったかも。固まる深見にユナがさらに詰め寄る。

「草食系なんてね、許されるの二十代までだよ。アラサーはひぃちゃんみたいに、ガンガンいかないと取り残されちゃうんだから」
 相変わらずの大きい声はおそらく狙い通りだ。周囲の視線が痛い。ガタガタンッと誰かがまた何かを落とした。 ふかみぃ! 悲哀の混じった怒鳴り声が聞こえた気がして、幻聴であることを願う。

「ぼ、僕ちょっと休憩」
 きびすを返して、フロアを出る。後ろから、待ってよー! とユナの声が追いかけてくる。かまわず屋上へとひた走りながら、
「なにがラブバトルだよ」
 バカな発言をした自分を蹴飛ばしたい思いに駆られながら呟く。顔が熱い。
 くっそー、と思いながら目を閉じる。

 三十路を超えて恋愛に四苦八苦するのは、同僚だけじゃないようだ。そんな予感が胸にこみ上げてきた。
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