エリート室長の甘い素顔
「海里(かいり)!」


 大声で弟の名前を呼ぶ。

 焦って奥から出てきた弟の海里は「ねえちゃん!」と泣きそうな顔で呼び返した。

 今年就職したばかりの歳の離れた弟は、不安からか半分パニックに陥っている。


 靴を放り投げて家に上がり、弟の腕を掴んだ。

 その背中を撫でながら問いかける。

「何があったの?」

 悠里の心臓もバクバクと激しい音を立てているが、それは今まで感じたことがないような嫌なものだった。

「父さんがいきなり倒れた。それから意識なくて……すぐに救急車呼んだんだけど、救急の人は『脳梗塞じゃないか』って」


(脳梗塞――?)


 悠里は一瞬、眩暈に襲われた。

 父は普段から血圧が高く「俺も危ないよなぁ」などと言いながら、まだまだ若いから平気だと特に何もしていなかった。


 弟と一緒に廊下に膝を付いた悠里の肩を、ポンポンと誰かが優しく叩いた。


「悠里さん、落ち着いて。怖いだろうけど、今出来ることをしましょう」


 振り返って見上げると、安藤が冷静な眼差しでこちらを見ている。

 その目を見て、悠里の頭もゆっくりと回りだした。

「そう、ですね。まずは、入院の支度しなきゃ……」

「連絡が来たら、すぐに病院に向かいましょう。車はありますか?」

「車なら、父のが……」

 安藤は微かな笑みを浮かべて言った。

「よければ僕が運転します。二人とも動揺されてるでしょうし。さ、準備しましょう」

< 67 / 117 >

この作品をシェア

pagetop