エリート室長の甘い素顔
 数日間――

 家族は交替で父の傍に寄り沿った。

 病院で夜を明かした翌日は日曜だったが、悠里はエリックに電話をして事情を伝え、急きょ三日間の有給休暇をもらった。

 入院して二日目に父の意識は戻ったものの、意思疎通ができる状態ではなかった。
 視点が定まらずどこを見ているのかわからないし、言葉も出てこない。

 医師や理学療法士たちが大きな声で話しかけ、なんとか身体の状態を探ろうと試みていたが、見通しはあまり良くなさそうだ。


 病院にいる社会福祉士に相談し、弟が勤める区役所の担当者にも相談に乗ってもらい、退院後の父のケアをどうするか考える。

 まだ絶望から立ち直れない母に代わって、悠里が必要な申請や介護福祉関連の様々な法制度、利用できるサービスなどを調べ始めた。


 悠里と入れ替わりに休暇を取った弟に母を任せ、ようやく出勤する。

 いつもと同じ早い時間に秘書室へ入ると、ちょうど昨日まで出張だった大谷と顔を合わせた。
 他にはまだ誰もいない。


「……お前、どうした? 何かあったのか?」

 顔を見るなり大谷は眉根を寄せてそう言った。

「え?」

「ちょっとこい」

 腕を取られ、多少強引に打ち合わせブースの中に引っ張り込まれる。

 スモークガラスが張られたブースのドアを閉めるなり、大谷は悠里の二の腕を掴んで真正面から顔を覗きこんだ。

「何があった? ひどい顔しやがって……ろくに寝てないだろ」


 悠里は父の身に起きたことをまだエリックにしか伝えていない。

 表向きにはただ有給休暇を取得しただけの話で、しかも大谷は昨日まで出張で九州にいたのだ。

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