蕾の妖精たち
「孝之。幸乃がいなくなって、もう誰も邪魔する人がいなくなったのに、どうして私を好きに抱いてくださらないの?」


 丘の上で、激しく舞子に唇を重ねた後、翠川は苦しそうに舞子の体を遠ざけた。


「貴方は自分の残酷さを、きっと自分でも解っていないんだわ。もっと知るべきなのよ」


 舞子は丘の上から立ち去ろうとする翠川の背中に、声を震せながら、精一杯の言葉を浴びせた。


 翠川の勧めで留学先で過ごした三年間の寂しさを、舞子は翠川に対する強い想いとしてぶつけた。

 涙が止まらなくて、声が枯れて、どうしようもなくて……、そしてついに、最後まで胸元を締め付けていた強い力が、舞子の体からするりと抜けた。


「バカじゃない。結局、何も手に入れずに、この世から消えてしまうなんて……」


 舞子は空から吊されたマリオネットのように、礼儀正しく立ち上がり、スカートの汚れを払い落とした。

 そして、ふいに思い出したように、翠川の後ろ姿を捉えた。


「バカみたい。そんな風に自分で勝手に決めて……」


 決して、翠川が振り返ってくれないことを、痛いほど分かっていた。

 なのに、街へ帰ってゆく翠川が小さくなっても、舞子は丘の上から眺め続けた。

「愛しい人。愛しい……、人」

 そんな事を、舞子は呟いていた。

 
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