蕾の妖精たち
 舞子はその場で蹲(うずくま)った。

 唸り声のような、うめき声にも似た声を出して。


「舞子さん、貴方がここまで彼女を追い詰めた理由は、僕からは問いません。ですが、続きを聞いて下さい。貴方には彼女を知る義務がある筈です」


 翠川に肩を起こされ、舞子の歪んだ泣き顔が現れた。

 その顔に優しく微笑むと、翠川は淡々と話を続けた。


「彼女は僕に告白しました。バスのブレーキオイルを抜いたと。彼女はまだ高校生なのです。車に細工するなど容易ではありません。それを許したのは、感情だけではなく……」


「ネットの、力?」


「はい。──そして、告白はそれだけではありません。刑務所で服役中の斎藤和志に、手紙を書き、死に追い込んだ、と……」


「え?」


「彼女は検閲に掛らぬように言葉を選び、服役中であることを逆手にとり、斎藤の妹を引き合いに出したのです。男を使い、同じ目に合わせると。斎藤は妹に恋心を抱いていた。そしてその欲求を満たす為だけに、同じ年頃の少女を付け狙っていた。僕は気付きませんでしたが、幸乃を凌辱している時も、斎藤は妹の名を叫んでいたそうです。事件後に幸乃はそのことを突き止め、刑務所内から身動きの取れない斎藤を脅迫した……」


「……」


「理解出来ますか? 舞子さん。彼女の情念の強さを。相川幸乃という少女の、執念の深さを」


「……」


「彼女の生徒手帳のカバーには、蕾の刺繍が施されています。葉や茎があるのに、花がない。僕は以前から不思議に思っていた。そして、彼女は教えてくれました。彼女はそこにいつか、花を縫おうと思っていたのです。彼女自身が、本当の幸せを手に入れた時に、その時の自分に合った花を……です」

 

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