続 音の生まれる場所(下)
「だけど…私が一緒に生きたいと思う人は他にいるから…」

きゅっ…と腕にしがみつく。自分の身を預けるように彼に寄り添った。

「坂本さんと一緒に生きたい…。誰よりも一番好きです……」

恥ずかしさもなく言ってしまった。大切な人。いつか一緒に歩き始めたい人ーーー。

「なら今夜ずっと一緒にいてもいい?…お母さんに心配されない?」

坂本さんの声にドキッとする。言ってもらいたいと思ってた言葉…。

「…されない……お母さん、坂本さんのこと信じてるから……」

電話一本で許してくれる。母はそれくらい彼のことを信頼してる。
…そう思ってたのに……



「ダメ!帰りなさい!」
「えーっ…なんでよ⁉︎ 」

ぶーたれる。いつもは朝帰りでもいいという人なのに…。

「真由…あんた忘れたの⁉︎ 今日、お父さんの誕生日よ⁉︎ さっきからあんたが帰って来るの、ずっと待ってるんだから!早く帰って来て。機嫌悪くなると後で困るから…」

そう言われて日付を思い出す。5月1日。父55歳の誕生日。

「やばっ…!そう言えばそうだった…!」

顔色青くなる。それを見て彼がどうしたの?と聞いてきた。

「今日…父の誕生日だったんです…すみません…すぐ帰らないと……」

家族の誕生日は全員でお祝いする。子供の頃から決まってる、我が家のルールを説明した。

「ごめんなさい…マヌケな理由で……」

幼い子供ならともかく、大人になってもこれなんて…。

「プッ…!」

吹き出して笑われた。私達が一緒に過ごす夜は、またしても邪魔が入った。

「僕も行くよ!」

笑いながら彼が言う。ぎょっとして即断った。

「えっ⁉︎ 次にしませんか⁉︎ …今日はナシにして…」

坂本さんと付き合ってることまだ話してないし、第一、あの真面目な父に彼の仕事が理解できるかどうか分からない…。

「でも、もう遅いし、送りついでに…」
「…私ならヘーキです!一人でも全然大丈夫!」

強がりでもなくそう言う。なのに彼が私を引き寄せた。

「君が平気でも僕が平気じゃない!送ってく!挨拶もする!」
(そう言えばこの人…私に負けないくらいガンコ者だった……)

「…知りませんよ…何言われても…」

脅しでもなく念押しする。すました顔で彼が頷く。照れ屋な割に肝が据わってる。
頼り甲斐のある人だけど、父が気に入ってくれるかどうか……。
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