続 音の生まれる場所(下)
ーーーこの声は、幻なのかもしれない。私が苦し紛れに作り上げた幻想なのかもしれない。
でも、こうして朔と話す言葉は全て…真実だ。

『一人前にしたくて、あの人の手を放したろ。よく考えてみろよ。寂しがりやのお前がそうまでして行かせた国で、あの人はちゃんと楽器を作り上げた。真由が…日本で待ってると信じたからだ。…だから、そのままでいて欲しいんだよ。一つ一つ作り上がるのを、待ってて欲しいんだよ。手伝いなんかなくてもできるんだってことを…証明したいだけなんだ…』

「証明…?」

頭に浮かぶ彼のトランペット。
細部にまでこだわって、吹き手の思いが自由に語れる楽器を作り上げるのが目標…。

『あの人の声を聴いて、生きる力をもらった真由なら分かるだろ?あの人に必要なのは手伝ってくれる人じゃない。時に投げ出したくなる自分を信じて、支えてくれる人だ…』

「…そんなの…私じゃなくてもできるよ!」

お母さんだって、ドイツの女性達にだって…。

『一時的だろ。でも、お前の吹いた曲は、ずっとあの人を支え続けた。その証拠に、彼女が言ってたじゃないか…』


「…SAMはいつも同じ曲を口ずさんでた…」

ユリアさんの言葉が思い出される。確かにそうだったかもしれないけど…。

「あんな…思いつきで吹いた曲…」
『でも…その曲の中に願いを込めたろ。彼の夢が叶って欲しい…って…』

世界中のトランペッターに吹いてもらえるような楽器を作る…そんな壮大な夢が叶う日が来ることを、確かに願った…。

『あの人はきっと…それが嬉しかったと思うぜ。だから真由の握手もエールの意味も全て受け止めて、ドイツに行ったんだ…』
「私が願ったから…?」
『そう…。男ってやつは…好きな女の願いは叶えてやりたいと思うもんなんだよ…。あの人もオレも…同じだよ…』
「朔も⁉︎」
『…オレはいつだって、真由にまた会えると思わせたかった。泣いてるお前の顔なんか見たくなかった。だからあの最後の日も、笑って手を振ったんだ…』

夏休みの最終日、病室を出る私に、朔は笑顔で「また会おーな!」と言った……。

『あの時のように…笑って会いに行けよ。まだ…始まったばかりだろ?』

朔の笑顔が消えようとする。
手を伸ばしても、捕まえられない。
まるで…あの日の夢のようーーー。

「…待って!!」

行かないで…と願った。私の心の中に棲む一番大事な人ーーー。


『真由…その手で捕まえるのはオレか?そうじゃないだろ…?』

目の前の墓標の文字がハッキリと浮き出る。
朔はもうこの世にはいない…。もう二度と、決して会えない……。

『さよなら真由……オレはいつだって、お前の幸せを願ってる……』


笑顔が消えると同時に強い風が吹いた。線香の煙が大きく揺れる。

朔の残した言葉の意味を噛み締めて、茫然としたまま立ち尽くしたーーー。
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